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スペイン巡礼紀行文(2018年6月2日)

6月2日 Olveiroa/Finisterre 31km 49000歩

 今日は実質的に最後のカミーノとなる。明るくなってすぐにアルベルゲを出発した。小鳥達はいつも以上に私を応援するようにオクターブを上げているように感じた。

 今日歩く距離の半分過ぎた頃から大西洋が臨めるようになった。久しぶりの大西洋である。写真を撮りたくなり、やはり心が踊る。

 道中、フランス人女性、ウクライナ人夫婦、ドイツ人男性と話をする機会があった。フランス人女性とウクライナ人夫婦はポルトガル人の道を歩いてきたというので、ポルトガルの魅力を並び立てる。根が単純な私はますます惹かれていく。フランス人女性に宗教はカトリックかと聞いたとき、「宗教は何も信じない。ナッシング」ときっぱり返事したのには驚かされた。彼女はスペイン語が余り得意でないにもかかわらず、中南米、スペインと3か月も1人で旅行してきた女侍という印象が眉間に刻み込まれている。少し近寄り難い。

 ウクライナ人夫婦は仲の良いおっとりした中年だが、夫は合気道を今でも習っていると言う。日本は経済大国だと思っていることが言葉の端々から感じられた。宗教を聞くと、「オーソドックス」という返事が返ってきた。そうだ東方正教会なのだと世界史を思い出した。ローマ帝国が東西に分離されたのをきっかけにして、西ローマがカトリックを信仰し続け、東ローマでは正教会が起こるのだった。東欧やロシアの人々は正教会の歴史を受け継いでいるのだった。

 ドイツ人男性のニコラスはフランス人の道を僅か26日間で歩いてきたと言う。初日には両足に大きなマメを作ったが、それでも歩き続けたそうだ。毎日50km歩いた時もあったと言う。まさにドイツ人魂である。

「マネーよりも価値のあるものは何か」という私の幼い質問に対して、「それは静かな生活だ。この海のように」と彼は美しく輝く大海を指しながら答えた。

 私達は長い海岸の砂浜を歩き、フィステーラの街に近づいていたのだ。サンティアゴと違って私達は心地よい解放感に浸っていた。大西洋の水は冷たかったが、海は穏やかだった。

 ニコラスは海岸で海水浴をしていた若い女性に「ヌードにならないのか」と冗談を飛ばすと、「決してならない(no way)」ときっぱり答えた。男が考えることは似たようなものだ。

 キリスト教は神の前の平等と隣人愛を説いた点において革命的な宗教だった。当時の王や貴族達がキリスト教を異端視して苛烈に弾圧したのは頷ける。しかし、キリスト教は多くの人々の支持を受け、最終的にはローマ帝国の正式な宗教として認知されるようになった。キリスト教には人類の普遍的な価値観が潜んでいると私は思う。さらに言うと、キリスト教をベースとしたヨーロッパ文明にも普遍性が認められる。

 そのため、ヨーロッパで生まれた学問をベースとした社会制度、経済の仕組みなどが世界中に受け入れられ、各国で広まっていった。インドの哲学も中国の朝貢外交も普遍性を持たないが故に世界に広まることはなかった。

 ヨーロッパ文明の根本は明るく、透明性があり、公平であるため、世界中の人々から受け入れられてきたと私は思う。人間は「明るさ」が好きで、それに弱いのだ。

 一方、日本文明の特徴はどうだろうか。私が思うには、日本人の心の基層には美しい自然に育まれた八百万の神やアニミズム的色彩が今だに生きている。その上層にインドからもたらされた仏教の無情感が被さり、さらに中国から入ってきた仁、孝など社会の規律や秩序を重視する儒教が積み重なり、最後に明治維新ヨーロッパから導入された近代合理主義が乗っかっている。
 日本人は非常に勤勉で、器用であるため、これらアニミズム、仏教、儒教、近代合理主義4つの階層を矛盾することなく受けいれている。さらに言うと、これら4層の相互交流こそが日本人の創造性の源泉だと私は考えている。日本人のユニークさはここにある。

 近代的合理主義にばかり長けている者はバタ臭いとして、日本社会では敬遠され余り尊敬を得ることができない。日本では、これら4つの階層のすべての価値観を体得している者だけが尊敬されるのだ。

 カミーノでもっとも感じたことは、自然界の中に霊感や何か大切なものの存在を感じるという巡礼者達の共通認識である。それは古代人がごく普通に抱いていた畏れと似たものだと思う。そして、偉大な自然界に浸れば、人間は誰にでも優しくなれる。

 ヨーロッパ人と日本人とでは、宗教も言語も文化も歴史も違う。しかし、自然界にスピチュアリティを感じるという点では非常に近い感受性を持っていると思う。もしかすると、これが共通の価値観として認知され、お互いの理解の基盤になれば嬉しく思う。未来に向けて何が起ころうとも、希望はあると信じている。

 フランスとの国境に近いイルンからここまで1000kmも西に向いて歩いてきた。日の出が早くなってもよさそうなものだが、西に移動したため、日の出の時間は変わっていない。頭で考えると当たり前なのだが、日時が進んでいないのではないかという不思議な感覚を感じる。

 さて、昨年見られなかった大西洋に沈む美しい太陽を目にすることができるのだろうか。それは4時間後に判明する。

 明日がこの紀行文の最終日となる。