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スペイン巡礼紀行文(2018年6月1日)

6月1日 Negreira/Olveiroa 33km 52000歩

 昨夜は3日ぶりにアルベルゲに泊まった。部屋に体臭が充満し、イビキが響き渡るなかで十分な睡眠を確保するのも巡礼や修行のうちだと思う。巡礼には旅游のような響きがあるが、修行は辛さを我慢するという意味合いが強いように感じられる。しかし、そもそもは似たようなものだったはずだ。イエスも仏陀も空海も人々を幸福にする方法を探求したのだ。

 ふと思ったのだが、早朝フレッシュな空気を吸いながら小鳥のさえずる声を聞くのと、夜アルベルゲで体臭の匂いのするなかで大きなイビキを聞かされるのは、じつは余り差がないのではなかろうか。天国と地獄と考えるから悩みが生まれるのであって、イビキや寝息は生命の息吹きそのものであり、体臭も生き物の活動の証拠と捉えれば大差はないはずだ。でも、今一納得しすることが難しい。両者を歓迎する心構えができたとき、カミーノから卒業できるように思う。まだまだ、私はヤコブ様から卒業証書をもらえそうにない。でも、小鳥のさえずりと巡礼者のイビキの類似性を認知しただけでも、一歩前進ではなかろうかと、妙に自分に優しくなってしまった。

 今朝6時前に起きた時には大雨が降っていたが、7時頃に出発する時には雨は止んでいた。今日は緩やかな牧草地帯を軽快に歩き、アルベルゲに入るや否やまた大雨が降りだした。運はまだ続いているようだ。私はイルンを出発して5週間になるが、大雨に遭遇したことはない。雲の上を歩いているような不思議な感覚に襲われることがある。

 道中、今年の2月に退職したばかりで、3か月のヨーロッパ旅行にやってきた米国人と少し話をした。彼はフランス人の道を歩き、足を傷めてアストルガのホテルで3日休んでやっと回復し、サンティアゴ到着後はフィステーラの道に入ってきたと言う。今後は、アンダルシア地方の海岸で療養し、ポルトガル人の道を歩いて北上し、再びサンティアゴにやってくるそうだ。そして、イタリアに渡り、フィレンツェからローマまで百数十kmの巡礼路を歩き、さらにエルサレムまで足を伸ばすという。最後に、8月5日にバルセロナからカリフォルニアまで11時間飛行機に乗って帰国するという。絵に描いたようなハッピー・リタイアメント・ジャーニーである。スケールが大きく、何とも羨ましい。

 話は急に中世のスペインへと飛ぶ。その頃の魔女裁判はカトリックに改宗してなかったイスラム教徒やユダヤ教徒を炙り出すことが大きな目的だったが、それに加えて、スペインの田舎で土着的な神様を信じていた人々を一神教に改宗させるためでもあった。

 世界中どこでも同じだが、多神教が先に起こり、妥協を許さない後発の一神教に席巻されていく。ヨーロッパも例外でなく、多神教やアニミズムを古くから当然のように信じている人々は少なくなかった。でも、彼らは強制的に排除されていく。
 結局、ヨーロッパから多神教がなくなり、キリスト教一神教に占められていく。ヨーロッパの学者は「多神教は原始的な未発達な段階の宗教であり、一神教という体系化された一神教に取って代わられていくと主張する。宗教も進化するというのだ。
 その後、人間性復興のルネッサンスが起こり、産業革命につながり、現代がやってくる。人々は近代革命のなかで、次第に神を信じなくなる。頼りにするのはマネーとテクノロジーに変わっていく。

 巡礼者は口々にスピチュアリティという言葉を発する。神様は信じないが、スピチュアリティは感じると言うのだ。中世の時代に排除されたものが復活しているように私には感じられる。人間の心は正直なのだ。自分達の遠い祖先が信じていたものが今現代人の心のなかに自然と沸き上がってきているのではなかろうか。もしかしたら、私たちは時代が大きく変化する段階に生きているのかもしれない。

 物資やマネー中心の近代化に対して人々の心が疲れてきているように思える。

 カミーノの巡礼者たちは、現役時代を終え利益集団から自由自在になった時、自分の心の欲するままで自然界の中に身を起き、フレンドリーな他の巡礼者達と付き合うことに意義を見出だしたのだろう。カミーノは疲れた現代人の心の洗濯をしてくれているように思える。このブームは今後とも続くに違いない。ヤコブの記念日が日曜日に当たる次の聖年の2021年には、100万人の巡礼者が押しかけることになるだろう。この年に、私はカミーノを歩いているのだろうか。

 昼食はアルベルゲ付設のレストランで食べたのだが、席が隣り合わせのポルトガル人のグループからコーヒーで割った強い酒をごちそうになった。彼らは大きな集団を形成し、自転車で巡礼している。スペインに来てはじめての経験だ。彼らのほとんどは酔っぱらっているのだが、屈託のない笑い声が気持ちを和らげてくれた。

 部屋に戻ると、今度はポルトガル人の道を歩いてきたというカナダ人女性がベッドから起き上がって来て、ポルトガル人の道の魅力を熱心に語り始めた。ハイテンションの英語だが、どうしてか良く聞き取れる。

 ポルトガル続きの1日だったが、これも何かの縁だ。やはり、来年はポルトガル人の道を歩かなければならないようだ。