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犬も歩けば棒に当たる

 定年退職を機に、美術を始めた。小中学生のときのことを思い出すと、音楽と体育はまったくダメだったが、美術はそこそこの成績を収めていた。さらに、自宅に放置してあった荷物を整理していると、高校時代に獲得した西日本読書感想画入選の盾が出て来た。すっかり忘れていたのだが、当時の模様が鮮明に思い出される。これも何かの啓示なのだと思い、美術を始めたのである。じつに43年ぶりのことだ。

 まずは基本からと考え、デッサンに取り掛かった。有名な絵画の模写、自分や身近な人の顔写真の写生、果物や野菜などの静物画に挑戦した。やってみると、意外にもいい出来栄えだ。もちろん、半分は自惚れているのだ。何の責任も果たさなくてもよい悠々自適な生活を得たのだから、少しぐらい自画自賛してもよかろう。こんなことは人生のほんの一時期にしか起こらないことなのだから。

 デッサンを数十枚描いて気づいたことがある。描く対象の欠点が重要な要素であり、描く上でのカギとなる。例えば、顔の写生を行う場合、ほくろ、皺、シミをうまく発見して、描き出すことが、その人の個性を引き出すうえで大切なことのようだ。目も左右で異なるし、鼻も曲がっているし、唇も不格好である。これらの崩れを見抜き捉えないといけない。そうすると、自然と画用紙に浮かぶ顔が本物に似てくる。

 果物でも同じである。傷やシミのない果物はじつに描きにくい。欠点があるほど、描く材料が増え、描きやすくなる。人間も同じようだ。
 ただ、それらの欠点はしっかり観察しないと発見できないことが多い。微妙な影や皺はぼぉーとしていては分からない。対象物としっかり対峙しないといけないのだ。真剣勝負と思わないといけない。
 果物からすると、描いてくれてありがとうと、言われるくらいになりたいものだ。作者にとっては、果物は画材にもなり、食しても美味しいのだから嬉しい限りだ。今までただ食べるだけで気づかなかった果物の表情が分かるようになったようだ。果物冥利に尽きるだろう。

 こんなことをやっていると、思わぬところからオファーがやってくる。太鼓を叩いている裸の男性の写真を差し出され、これを描いてみないかと言われたり、肥後六花を描いたグラスを地元の特産品として販売したいが、花の絵をイラストできないかと誘われたり、新聞のモノクロギャラリーに投稿してみたらと催促されたりするようになった。
 どれも、駆け出しの私にとっては身に余る光栄であるが、同時に身が引き締まる。仕事で感じた感覚が呼び起こされるのだ。これが快適か不快かで、ことの成否が決まるのだろうか。私の場合どちらに転ぶのだろうか。

 犬も歩けば棒に当たる。死ぬまで、完全に解放してくれそうもない。

(2017年9月26日、寺岡伸章)
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