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世間は悪魔と鬼ばかり

 ある大学教授と話していたのだが、今の大学生は他の学生と異なることを実行するのを極度に恐れているという。みんなと似たような価値観を持っていれば、誰からも責められたり、のけ者にされたり、虐められたりする恐れがないからだろうか。決められた路線から外れて生きることに恐怖を抱いているともいう。心の中に不安を抱えて生きているように思える。まるで、年老い、死を怖がる高齢者のように。就職活動に失敗したり、留年したりしただけで、自らの命を絶ってしまうか弱い学生は少なくないそうだ。

 みんなと同じようなことをやったり、流行を追っていては、独創的な仕事を行うことはできない。国際的な厳しい競争に曝されている企業の立場からすると、斬新な発想を創出し、それを実行できる人材を欲しているのだが、学生のほうはそれとは逆の方向に行っているように見受けられる。これが本当だとすると、日本企業は競争に敗れていくことだろう。

 先輩後輩の関係は西欧にない奇妙な人間関係なのだが、親孝行の慣習は弱くなっても、若者の間でも一向に弱体化していない。東日本大震災を契機に人々の絆が大切にされるようになったが、身近な人的関係ばかりが強調され、内向きになっているようだ。真面目で覇気がないとされる所以だろうか。

 西欧社会は神と個人の関係が基本となっているため、社会的権威や伝統がなんと言おうと、神の意思に忠実であれば、わが道を進むことができる。死後救われるし、困難に陥っても精神的支えになるからだ。世間や仲間の価値観や世間の自分を見る目はあまり重要ではない。神を信じる限りにおいては、人間はあらゆる束縛から自由なのだ。

 日本にはそのような万能の神が存在していないためか、個人が共同体の中で相対的に位置づけられるようになる。自分の価値や評価は外から規定されるのだから、周囲の目を気にするようになるのだ。

 でも、自然や大宇宙を神として捉え直し、それとの絶対的関係において自分を規定できないものだろうか。かつて日本でも「お天道様が見ている」とよく言われたものだ。お天道様に申し訳ないことはやらないと考えて自分の行動を抑制したものだ。お天道様は自然崇拝の一つの形態と考え、それを神に見立てて、契約を結び、自由の身となって人生を切り拓いていくのだ。

 パワースポットや聖地巡礼が見直されている。それが自然崇拝へと進み、新しい「神」の発見へとつながっていけば面白い。ただし、そこには悪魔もあなたを狙っている。自然崇拝の顔をした新興宗教があなたの心だけでなく、財産も狙っている。金太郎飴のような人生を嫌い、自分らしい意義のある独自の道を歩もうと思った瞬間、悪魔が近づき耳元で甘い言葉を囁いてくるであろう。それは振り込め詐欺よりも恐ろしい。

 渡る世間は鬼ばかりである。しかし、じつは世間は楽しいことで溢れかえっている。この世は天国でもある。それを見極められるかどうかで人生が決まるのだが。

(2017年9月24日、寺岡伸章)
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