メルマガ登録
 
2017年12月
« 10月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
twitter
facebook

愚直なノーベル賞学者

 ノーベル賞授賞は何を基準にして決められているのだろうか。ノーベル賞授賞は被引用数などの定量的指標ではなく科学業績で決められていると信じられているが、それは事実でない。建前は科学業績かもしれないが、本当は業績ではなく、それを含めた「科学者の人間そのもの」を評価しているのだ。最終段階では、客観性でなく選考委員会の「主観」で決められるのだ。そうしない限り、年間わずか数件の受賞を決められない。しかし、主観で決めたと本音を言うわけにもいかないため、選考の論拠となった代表的論文や科学歴史上の貢献度などを並び立てている。実世間はまどろっこしい。

 人間の主観こそ本質を見抜く力だというのだ。わたしはこの言説には痺れてしまいそうだが、大いに参考にすべきことだろう。科学は客観性が命のように言われるが、究極の場においては、主観は客観より重要である。

 山中伸弥教授は細胞の発見で2012年ノーベル賞生理学・医学賞受賞の栄誉に輝いた。教授は研究に着手した当時、流行の生殖細胞から抽出したES細胞を使った研究ではなく、体細胞からiPS細胞を得るという極めて独創的で挑戦的な研究を行おうとしていた。まったく無名に近かった山中伸弥奈良先端科学技術大学准教授(当時)はJSTのCRESTという競争的研究費に応募すると、選考委員会のヘッドを務めていた岸本忠三元大阪大学学長はiPS細胞の実現は困難だろうが、元気で熱意のあるプレゼンテーションが印象に残り、何か面白い成果が得られるかも知れないと直観し、山中准教授の提案を採択した。世界一流の研究者でもある岸本教授の「遊び心」が奏功したのだった。それにしても、岸本教授もできないと思っていたことを山中教授はやってのけたのだから、偉いと断言できる。予想外のことができるのところに科学の醍醐味がある。

 2016年ノーベル賞生理学・医学賞を単独で受賞した大隅良典東工大栄誉教授が30年ほど前に研究に着手したのは、当時流行していたタンパク質の合成メカニズムの研究ではなく、不要なタンパク質を分解するメカニズム解明の研究だった。いわば細胞内の「ゴム処理」の仕組みである、オートファジー(自食作用)の研究だった。世界中の誰も手がけていない研究はライバルもいなく、伸び伸びと研究を進めることができたという。
 時代は巡り、オートファジー研究で成果が生まれてくるにつれて、大隅教授の研究分野に注目が注がれるようになる。最終的に、大隅教授はオートファジーのメカニズムを解明し、その重要な役割に世界は驚くことになるが、教授は研究を始めるに当たりその重要性を直観できたというのだから凄い。先見性の賜である。ここに科学の真の面白さがある。

 113番目の元素は発見者の母国日本の名前から「ニホニウム」と名付けられた。元素の命名は日本だけでなくアジアで最初の快挙である。この元素の発見者は元理化学研究所の副主任研究員(当時)の森田浩介氏(現九州大学教授)であるが、彼はこの困難な研究に挑戦していたとき成果が出ず、10年間まともな論文を1本も書けなかったと言われている。現在のような定量的な評価が蔓延っていたら、森田氏は成果の出やすいテーマに変更したか、あるいは研究所を追われていたかもしれない。定量的評価は独創的研究の大きな阻害要因になる恐れが大きい。

 2014年ノーベル賞物理学賞は青色発光ダイオード(LED)を発明した日本人3名に贈られた。その研究成果の要は安定した単結晶を作成することであり、当時世界中のほとんどの研究者は作成しやすかったZnSeの単結晶化に注目して、一番乗りを目指して激しい競争を繰り広げていた。しかし、受賞者の一人となった赤﨑勇名古屋大学教授(当時)はGaNの方が硬くて安定性が高いとして単結晶化に挑んでいた。追従する者はいない。この分野の世界的権威がGaNの単結晶化は不可能であるとだめ押しし、さらにGaNの結晶は作成不可能であるという理論も流布していたからだ。しかし、赤﨑教授はそのような逆境であっても、GaNの単結晶化は可能であると直観し、研究を継続したのが奏功したのだった。これはノーベル賞への道の公式な経緯である。

 しかし、世の中はそんなに単純ではない。当時の赤﨑教授も流行には逆らえず、作成不能な理論が出ているのだから、GaNの研究を本気で行う気はなかった。当時のJRDS(現JST)は他の研究機関で行っていないGaNの研究に挑戦するのであれば、研究費を提供すると持ちかけ、赤﨑教授もやむなく遊び心で引き受けたのだった。さらに、GaNの単結晶化は研究室のメインのテーマでなかったため、赤崎教授がそれを行わせたのは当時エリート大学院生とは言えない天野浩氏だった。主流の優秀な学生には成果が出やすい研究を担当させたのだ。ところが愚直で研究熱心な天野氏はGaNの単結晶化をやってのけた。赤崎教授にとっても予想外の出来事だった。エリートから歴史を変える研究成果が生まれるとは限らないのだ。
 もっとも優秀な理工系の頭脳を持つ学生が集結していると言われる東大医学部と京大医学部の出身者からノーベル賞学者が生まれていないのは偶然ではない。

 科学の女神は移ろいやすい。幸運がもたらされる科学者を言い当てることは人間にはできない。人間の目から見ると偶然でしかない。科学のもっとも面白いところである。

(2017年3月21日、寺岡伸章)
12345 (まだ評価されていません)

読み込み中 ... 読み込み中 ...