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リアリティ

 昨秋、モーツアルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』を2度鑑賞し、感動する機会に恵まれた。天才モーツアルトの人間観察の鋭さに改めて驚いたものだった。今年になると、村上春樹の長編小説『騎士団長殺し』が発表され、ベストセラーになった。題名からもしかすると『ドン・ジョバンニ』の始めに登場する騎士団長殺しの場面と関係があるかもしれないという推察は当たり、気持ちが良かった。それにしても、小説『騎士団長殺し』は村上ワールドを十分堪能させてくれたものの、著者の意図が最後まで分からず、消化不良のまま終わってしまった。春樹の小説の登場人物は心に深い傷を負った者ばかりだ。健康な人や健全な発想の持ち主や、ましてや人生の成功者にはけっしてお目にかかれない。登場人物はみんな非常に感傷的だが、素直な気持ちを抱えて静かに生きている。大方は孤独である。孤独な人々しかわかり合えないという小説世界を描いているのかもしれない。そのような鋭敏な表現が心に傷を追っていると考えている(被害妄想も含めて)世界の人々の強い共感を得て、読まれ続けてきたのだろう。今回の小説も様々に解釈され、ビールを飲みながら議論が行われ、スバルのニューフォレスターの販売量が伸びるだろう。ニューフォレスターは準主人公が愛用する車で、しばしばその乗り心地や雰囲気が描写されているので、小説を読んで欲しくなった人も少なくないのではなかろうか。村上春樹の小説には多くのクラシック音楽も引用される。そのたびにその曲が流行するのだから、影響力は大きい。大したものである。『騎士団長殺し』の主人公は画家だった。偶然にも、わたしは今年年初から鉛筆デッサンを始めたため、主人公の心理描写がよく描かれているのが分かった。春樹は小説を書くために、多くの画家にインタビューをしたのではないのか。何を念頭において何を描き出そうとし、どこで悩むのかは画家本人でないとよく分からない。そこはうまく描き出せていると思う。小説『1Q84』ではNHKの放送受信料の集金人が誇張されているもののリアルに書かれていて、面白かった。事前に集金人の実態を精緻に調べないと小説にリアリティを持たせるのは難しい。現実よりもリアリティに富む小説を我々読者は強く求めている。生きているとあるとき、ふと現実感に乏しい毎日であると思えることがある。苦しくも辛くもないが、面白みに欠ける日々だと感じる。リアリティで思い出したのだが、60歳の定年退職後、仕事を辞めたい日本人は1、2%しかいないそうだ。再雇用されたり、再就職して、仕事を続けることは社会との絆を維持することの意味は大きいが、それ以上に仕事に生きる張り合い、つまりリアリティを感じるから続けようとするに違いない。仕事は虚構だと思ってしまえば、もっと実と意義のあるものを求めたくなるだろう。ワーカホリックから見ると、仕事をしないのはブラブラしていて、無駄時間を過ごしているように感じるだろうが、ブラブラと時間を使って自然の移り変わりを感じたり、絵画を描いたり、小説もどきを書いたり、コンサートに出かけたりすることは意味がある。このような行為に仕事よりリアリティを感じる人もいる。仕事を行うには世間のルールがあるため、本人の流儀で行うのは憚られるが、趣味の世界では自己流は大いに歓迎される。それは個性であり、ときにはかけがえのない独創的なものであるからだ。そこには意味があり、リアリティが存在する。故郷の文芸同人誌を読ませてもらっている。上手く描かれている小説が多いのだが、自分が経験した範囲のことが描けても、その枠からはみ出ると描くのが難しいらしい。普通の人々の経験することは限られているため、そのまま書いていては人を楽しませる意外な展開の小説は書けない。物語の進展の範囲が限定的になっているため、面白みに欠ける。ところが、プロの作家は読者の予想を超えて物語を進行させるため、ワクワクしてくる。どういう結末が待っているのだろうかと興味が湧いてくる。現実世界を超えたリアリティを提示されれば、少々荒唐無稽でも読者は白けずに付いてくる。筆力がそれをカバーするからだろう。小説を読むのは楽しいが、書くのは難しい。入試に合格するのは易しいが、独創的な研究を行うのは難しいのと同じだ。人間はワクワクさせられるものを強く求めている。作家も科学者も孤独に耐えながらも、楽しい物語を紡いでいかなければならない。

(2017年3月17日、寺岡伸章)
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