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価値を語れ

 学生時代の楽しかった思い出の一つは、八王子の大学共同セミナーに他大学の学生と泊まり込んで、夜遅くまで話し込んだことだ。テーマ毎に都内の学生が集い、指導教官の下で各自発表し合ったり、議論したりしたものである。地球環境問題やハイテクの未来などがテーマだったとかすかに覚えている。お酒を飲みながらの夜を徹しての議論はじつに楽しいものだった。このような経験は若者の特権であり、青春の貴重な思い出である。自分の専門に閉じこもることもなく、異なる学問分野の学生の友人を得たのは大きい財産だった。ここで知り合った人の中には、直木賞を受賞し大作家となった篠田節子氏、アルツハイマー研究の第一人者の一人になった理化学研究所脳科学研究センターの西道氏、NHKの東日本大震災の復興をフォローしているディレクターになったA氏などがいる。就職してからも、時々会ってはお互いに「啓発」したのをよく覚えている。

 「啓発」という言葉で思い出したのは、先の中国出張の際に中国科学院の幹部がわたしとの懇談の最後に、「啓発」という単語を使っていたのだった。建前にこだわらず国益を離れて本音で意見交換した態度が「啓発」という言葉に結実したのではないかと思う。両国の国益に関係なく、中国から優れた科学者が誕生することを心から願っている。科学は国境を超えた普遍的な文化である。会談後、心地よさを感じたのはわたしだけではなかったはずだ。

 創造的な仕事に携わる者にとって、啓発し合ったり、刺激を受けることは非常に大切である。自分が迷い込んでいる思考の壁をぶち壊してくれる可能性が高い。相手の異分野の視点で考えて、セレンディピティ(偶然の発見)に遭遇することもある。しかし、日本人は若者の間でさえ、師弟関係、先輩後輩関係、研究分野、所属組織の壁は厚く、お互いの真の交流を阻んでいる。参加の年齢の差が大きい会合でも、発言するのは高齢者ばかりであり、多くの場合、古い情報に基づいた既成概念からのコメントである場合がほとんどだ。本人は発言できて満足の様子だが、議論を活性化したり、若い参加者を啓発したりする場面は少ない。

 やはり、議論の雰囲気や場作りが大切だと思う。技術の進歩でプレゼンの手法も変わりつつある。従来発表が終わるのを待って質疑が行われるのだが、発表しつつも聴衆と双方向に議論を促進することができるようになった。発表者はプロジェクターを用いて発表するのだが、聴衆はプレゼンを聴きながらスライドにチャットを書き込める技術が開発された。テキストチャットの呼ばれるが、ニコニコ動画のチャットをイメージしてもらえば分かりやすい。発表者は横目でチャットを読みつつ、それに対しても口頭でコメントを追加すると一層高密度の意見交換ができるというわけだ。これであれば、学生や若い人でも気兼ねなく手元のPC経由でチャットできる。もう年配者に臆する必要はないのだ。この試みは大成功だった。おそらく、これが近未来のプレゼンの基本となる予感がする。

 これは科学者のセミナーだけでなく、国家の首脳の記者会見でも一般化されてくるに違いない。現在の記者会見は、発表原稿を読んだ後で、事前に記者から登録された質問に答える予定調和のスタイルであるが、それが崩れる可能性が高い。リーダーにとっては、不用意な発言で失脚するリスクになるが、より生々しいやりとりの展開は問題の本質に迫るきっかけになるだろう。政治家もハイテクを積極的に利用してもらいたい。

 本来議論は楽しいものであるべきだ。人工知能の発達で言語を超えた議論が行える環境が整えられつつある。グーグルは完成に近い日英翻訳技術を開発したとも伝えられる。そうなってくると自分は何を知っているかではなく、どんな価値を見出し、それを他者に広められるかどうかが鍵となる。価値観の発見が大切だ。

 世界は混迷を深めているように見えるが、それぞれの議論を一つ一つ吟味すると、人間にとってより重要な価値とはどれかを議論しているようにも感じる。テクノロジーの発展によりお互いの議論が深められ、新しい普遍的な価値へと収斂していくことを願う。お互いに信じている信仰を尊重する価値観の枠組み作りが必要なのだ。

 議論をさらに楽しもう。

(2017年2月9日、寺岡伸章)
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