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Daily Archives: 2018年6月26日

スペイン巡礼紀行文(2018年5月22日)

5月22日 La Caridad/Ribadeo 22km 39000歩

 昨日のことだが、海を描いた絵をグラマラスなオスピタレーロに渡したら、顔が輝き、「まぁ、綺麗」とスペイン語で言いながらハグをしてきた。

 今朝になったら、その絵は巡礼者用の記載ノートに貼ってあった。その絵を興味深く見ていたスペイン南部出身の女性の巡礼者に別の絵をあげたら、その子も喜んでハグしてきた。
 ベラスケスやピカソを生んだ美術大国のスペインには、ハガキ大の絵を描いて友達などに贈る洒落た趣味はないのだろうか。それとも、絵の構図、色彩、タッチが彼らの目に新鮮に映ったからだろうか。真実は分からない。でも、この謎はいつか解いてみたい。

 世界史を変えた100人のなかに日本人が1人だけ選ばれている。それは北斎だ。この旅でも、2人の巡礼者が北斎の名前を口に出していた。北斎の美的感覚は現代の日本人にも引き継がれていると思うが、それが仮に私の絵に何らかの形で反映されていたのならば、こんなに喜ばしいことはない。これは希望的観測であるが、いずれにしても日本人として画聖の北斎は誇らしい。

 今日は最後の海岸を眺めながら歩く日になった。明日からサンティアゴを目指して内陸に入って行く。
 時間に余裕があったので、巡礼者道から少し外れて海岸線の近くまで行ってみると、まるで私がやって来るのを待っていたかのように男が立っていた。彼はスペイン語と英語で私に付近のことを説明し始めた。崖の下に広がる美しい海岸はヌーディストビーチと呼ばれているが、「ここには女性はいない」と笑いながら彼は言う。
 そのビーチの方向に目をやると、案の定中年男性が素っ裸で海岸を歩いている。私が手を振ると、彼も愉快そうに手を振り返してきた。手筈通りというような演出だった。夢を見ているような不思議な気持ちになった。

 巡礼路に戻りしばらく歩くと、今度は地の果てという意味のフィニステーラからサンティアゴを経由して北の道を逆行しているドイツ人女性に遭遇した。私が歩く予定のルートとまったく逆だ。彼女は私と同様に退職したばかりで、「時間が沢山あり、おカネが少しあるので、カミーノを歩くのに適している」と語る。ただ、余り歩くのが好きではなく、ゆっくり進んでいる。驚いたのは、彼女の年齢で野宿をして、1日20ユーロ以下で遣り繰りしていることだった。逆行しているのは、他の巡礼者たちと会って立ち話を楽しめるからだった。  私も彼女と話して元気をいただいたような気分になった。ドイツ人とは気が合うのだろうか。

 この旅で知った新しい飲み物はレモン入りのビールと砂糖入りの緑茶だ。両方ともカミーノにじつにマッチしていると思う。でも、私は次の宿泊地のアルベルゲに到着するまでアルコールを飲むことはしないが、ドイツ人は男でも女でも途中のBarでワインかビールを飲んでいる。これはドイツ人の真似はできない。

 昨年歩いたフランス人の道で最大の悩み事は床シラミに3度も刺されたことだ。その時、大阪から来ていた同世代のカップルにそれを話したら、アルベルゲみたいなところに泊まるから酷い目に会うのだというような顔をした。彼らはもっぱらホテルに泊まりながらサンティアゴを目指している。

 私が「アルベルゲに泊まらないと、友達ができないでしょう」と言うと、彼女は「ここで友達になっても仕方がない」と即答した。
 私は非常にがっかりした。
 カミーノで知り合った友達は数日限りで、今後一生2度と会えないかもしれない。しかし、人生の基本は一期一会だ。今日会う人との時間を大切にできなくて、自分の人生を有意義で楽しいものにできないだろう。カミーノは人生の縮図である。

 彼女はきっと日本人の友達との関係も疎かにしているような気がしてならない。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月21日)

5月21日 Luarca/La Caridad 31km 47000steps

 この旅の道中、絵手紙を描こうと、携帯用の小さい水彩画の道具を持参したのだが、寒さのため絵心は凍りついたままだった。このままでは、衣服などを削ってせっかく持ってきた意味がないと、意を決して心が躍った美しい漁港の絵を描いた。疲れと気分が乗っていないのだろうか。細かい部分がうまく描きこめず満足にはほど遠い作品になった。神は細部に宿るというから目立たないところをきちんと描かないと良い絵は描けない。

 ランチでたっぷり食べたので、昨夜の夕食は近くのBarでサッカーを観戦しながら、ボカディージョ、オリーブの実、ビールで簡単に済ませた。

 アルベルゲに戻ると、すでに知り合いになったドイツ人女性の宇宙工学技術者のタニヤからリンゴ酒を勧められた。本当はあまり私の味覚に合わないのだが、喜んでいただいた。お返しにと、さっき描いたお世辞にも上手くない漁港の絵をあげた。「ビギナーだからあまり上手くない」と言いながら。
 彼女は気に入ったらしく、この旅の記録に残したいと言う。作品にサインをしてくれと頼んでくる。そうこうするうちに、何人かの巡礼者たちが集まってきて、外交辞令だと思うが、誉めあげてくれる。タニヤと一緒にあるいる友達は「仕事になるわね」と言い、英国人男性は「写真を撮らせてくれ」とまで言ってシャッターを切っている。私の顔は恥ずかしさで火照ってしまった。何年ぶりのことだろうか。

 こんなことになるのならば、もう少し気合いを入れて描けばよかったと思う。これで喜んでもらえるのであれば、もっと描いて巡礼者やオスピタレーロにあげたいと思う。もう旅も終盤に入っているが、まだ遅くはない。

 こちらの天気は長く続いた雨季が過ぎ、確実に夏に向かっているようだ。早朝は涼しく歩き安いが、午前10時過ぎには暑くて足が前に進まなくなった。

 途中のBarで、退職したばかりのドイツ人女性と話をする機会があった。カミーノにやってきた理由を聞くと、スピチュアリティという単語を使っていた。この単語は多くの巡礼者の口から出てきたものだ。キリスト教の神は信じないが、スピチュアリティは確実にあると信じている。それはエコツーリズムが盛んな現代の特徴なのだろう。自然界のなかに大切なものが潜んでいるのだと、みんな本気で思っている。

 毎朝、小鳥たちのさえずりと美しい花には心から癒される。癒されると、余裕が出てきて周囲の人に優しく接することができるようになる。

 それでは、小鳥たちのさえずりと花は人間のために存在しているのだろうか。この質問は奥が深いと我ながら思う。
 教会の司祭は神が人間のために創造されたのだと答えるだろうが、それでは思考が前に進まないので余り面白くない。もう少し違う見方ができないものか。
 小鳥たちのさえずりはオスがメスを惹き付けるための必死の生存競争だ。オスは美しい声を披露する必要があるし、美味しい餌もとってみせなくてはならない。つまり、美しく聴こえるさえずりは小鳥たちにとっては厳しい生存競争の現場そのものだ。
 花にとっても事情は似たり寄ったりで、美しく咲き誇ることで蜜蜂などを呼び寄せ、受粉の拡散を促す必要があるのだ。子孫を残すための戦いなのだ。
 人間の目から見てそのような小鳥や花の行為や姿に安らぎを感じるのは、人間の想像力のためだろう。人間も進化の歴史上厳しい生存競争を生き抜いてきた。競争が厳しいほど一方で心や体を弛緩させ休ませるためにも、安息や安らぎが必要だった。その対象を自然界のなかに発見することができるように適応していったのだろう。想像性が常に先にあって、その後自然界にそれを見出だすという順序でもなかろう。恐らく、想像性と自然界が長い時間をかけて関連しあいながら、現在のような姿になったと思う。相互作用や関連性が鍵となる思考なのだろう。人間の精神や文化の発展も自然界なしには考えられない。

 そんなことを考えながら歩いた1日だった。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月20日)

5月20日 Cadavedo/Luarca 16km 25000steps

 カトリック教徒にとって、そもそも巡礼とはイエスが悟りを開き、布教した旅を追体験することであった。仏教でもお釈迦様や空海の修行を真似る修行の旅がある。
 忙しい俗世間を離れ、自然のなかや遠い異国を旅することで、人生にとって本当に大切なものを再確認することは大事だ。没頭している私生活を客観的に観察することは、人生のオーバーホールにもなる。俗世間では人々はおカネのことばかり考えているが、それよりも重要なことを発見した者は幸せである。資本主義という魔物はおカネよりも価値のあるものはないと耳元で囁くが。

「水は流れる、雲は動いて止まない。風吹けば木の葉が散る、魚ゆいて魚の如く、鳥とんで鳥ににたり、それでは、二本の足よ、歩けるたけ歩け、行けるところまで行け」
 これは山口県の大地主の種田家の長男として生まれ、熊本で出家得度し、乞食をしながら放浪した山頭火の言葉である。山頭家は相次ぐ家族の自殺、自暴自棄、そして本人の自殺未遂を経験した。旅に生き、旅に死んだ西行、芭蕉らの無用者の系譜に連なる一人なのだろう。無用の用は『荘子』にある言葉なのだが、彼らは人間に大切な何らかの追求に大事な役割を果たしてきている。

 しかし、山頭家らはカミーノの巡礼者の明るさとは大分異なる。この違いはどこから来るのだろうか。東洋人はもしかしたら、人生を否定的に捉え過ぎてきたのかも知れない。日本人、韓国人、中国人の自殺の割合は国際的にみて、際立って高い。農耕民族として集団の縛りが厳しく、個人の自由や享楽を制限されてきたという側面もあろうか。その原因が歴史的・文化的背景にあるとしたら、再考する必要がありそうだ。また、東洋人は躁うつ病の割合が高いのは脳内ホルモンに依存しているという最新の研究成果も関係しているのかもしれない。「もっと自由に生きよ」と言われても、今まで受け身の姿勢で生きて来た中高年にとって何をしていいか分からないことも多いだろうか。

 私は基本的に英語版のガイドブックの予定に沿って歩いているのだが、実際の距離はかなり長く、しかも険しい。同じガイドブックを持参している英米人はみんなぶつぶつ文句を言っている。ドイツ語版のガイドブックを少し見せてもらったが、図が多く分かりやすいようだった。

 今日もほとんど単独行だった。ラジオを聞きながら散歩をしているスペイン人の81歳の男性と少し会話をして、最後に写真を撮らせてもらった。彼も応援してくれている。

 巡礼者のもっとも多い話題は足の調子だ。挨拶代わりと言ってもいいくらいだ。私は100kmウォークで鍛えてきているため、何の問題もないが、ほとんどの巡礼者は何らかの問題を抱えている。テープを足に巻いたり、クリームを塗ったり、マッサージをしたりと手入れに余念がない。数は少ないが足の故障で途中で帰国する者もいる。

 今日は美しい漁港の街のアルベルゲにチェックインしたが、ドイツ人女学生は脚の腱を傷めたため次の街に進まず2連泊している。明日は様子を見つつ15kmくらい歩いてみると言う。まだ余裕がある私は申し訳ない気分になった。

 オスピタレーロに、近くにいいレストランがないかと英語で聞いたら、ここはスペインだからスペイン語で話せとたしらめられた。やはり、まずはスペイン語で話し、行き詰まったら英語に切り替えるという配慮が必要なのだろう。また、反省。

 紹介されたレストランは少し高級そうな店だった。Wi-Fiのパスワードを聞くと、Wi-Fiはここにはないと言う。レストランでWi-Fiがないのはビルバオで経験して以来2度目である。スマホの操作に集中するのではなく、美味しい料理を堪能しながらお喋りを楽しんで欲しいというレストラン側の配慮なのだろう。心しなければならない。

 遅い昼食を終えてルアルカの漁港を探索した。今まで一番美しい漁港だった。大西洋も穏やかで気持ちの晴れる散歩だった。ここでもう一泊できればいいと思ったが、すでにサンティアゴのホテルや帰国の飛行機を予約しているので、もう余裕はなかった。アルベルゲに戻り、スマホに紀行文を入力し始めると、先ほど話したドイツ人女学生が昼食はどうだったかと話しかけてきた。さらに、オランダ人女性がスマホの操作が分からないと助けを求めてきた。紀行文の作成を毎日義務化しているので、このような時に会話や交流の機会を失うのはもったいない。少し会話をして、紀行文の執筆に戻った。