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スペイン巡礼紀行文(2018年5月19日)

5月19日 Soto de Luina/Cadavedo 21km 37000歩

 この紀行文を書くのに毎日1時間以上の時間をかけているのだが、今日はスマホの調子が悪く、途中でフリーズしてしまったため、これが3回目の執筆になる。

 小鳥たちのコンサートを聴きながらの巡礼の旅を天国とするならば、この世の中の地獄はいったいどこにあるのだろうか。
 たぶん胎児性水俣病患者たちはその1つに違いない。生まれて来てから、思うように話しも、歩くこともできない彼らはまことにかわいそうである。水俣病は人災なのだ。
 イエスは語る。「苦しむ者は幸いである」

 大きな悲しみを背負った者の生のなかにこそ、至上の美があって欲しい。そうでなければ、人間は救われない。あまりにも悲しい。

 水俣病は近代化の矛盾が引き起こした罪悪の一つであるが、システムは決してその責任を取ることはない。作家の石牟礼道子氏は著書『苦海浄土』で、水俣病患者の生を綴っているが、この作品によって患者の不条理な苦しみが癒されて欲しい。唯一の救済に道は宗教と文学・芸術にあるのかもしれない。石牟礼道子氏の功績は、語ることを奪われた死者、言葉を奪われ、生きている者たちが表し得なかった思いを蘇らせ、それに言葉という姿を与えたことだった。その石牟礼道子氏は今年2月熊本県で没した。

 カミーノにも天国の綻びはある。どこにでも、売り出し物件の貼り紙を見かける。過疎化が確実に進行しているのだ。四国のお遍路でも同じだった。
 人々は故郷を離れて、仕事を求めて都会へと向かう。英国人女性のジョアンが語るように、都会生活は忙しすぎて、心を開く余裕がない。人々の絆や共同体意識が稀薄になっている。物質的な豊かな生活との引き換えになっているのだろうか。

 ジョアンとは3日連続して同じアルベルゲに泊まった。この英国人淑女は知的で、合理的だ。
 夜中、巡礼者たちが部屋から出て、トイレに行くとき音を立てないようにと、出口のドアのノブに自分のタオルを巻いた。隣のベッドからプライバシーを確保するために、見えないようバスタオルを垂らした。
 次の宿泊地の情報の収集のために、つねにオスピタレーロや巡礼者たちに話しかけている。
 私が今日道に迷ったと言うと、ジョアンはどこで、どうやってかと聞いてくる。参考にしたいのだろう。しかも、私が理解できる範囲の英語を使ってだ。
 じつに手際がいいのだ。英国のメイヤー首相を思い起こさせる。このような彼女でも、サンティアゴに無事到着すると、知り合いになった巡礼者たちと辺り構わずハグをするのだろうか。どうもイメージがわかない。

「今日の道のりは昨日と異なり平坦だ」と、アルベルゲの巨漢の女性オスピタレーロから聞かされていたが、事実は異なっていた。今日夜明けと同時に出発したドイツ人男性もぼやいていた。彼は43歳で仕事を辞めてボランティアで生きていく覚悟を決めていた。ドイツのマイケル首相のような笑顔のない人生は決して送りたくないと語る。

 北の道を歩く巡礼者の半分くらいはドイツ人なのはなぜかと、彼に質問をぶつけてみると、ドイツの5月は2週間の休暇があるからそれを利用してドイツ人が大挙してやってきているのではないかと教えてくれた。

 次の宿泊地のアルベルゲには、私が最初に着いたのだが、部屋が狭く、しかもリラックスできそうなスペースもないので、個室のあるペンションを探しに行こうとしていたとき、知り合いのマルタ人男性のロバートがやってきた。彼は「昨夜は3食付きで80ユーロもするホテルに泊まり大変満足したというが、このアルベルゲも気に入った」という。私とは感覚が少し異なっているようだ。

 私は800m離れたペンションに泊まった。キッチンも完備され、寝室のベッドも広い、新しい1DKの部屋だった。15ユーロしかしない。さらに、6ユーロ追加すれば、洗濯物を洗い、乾燥機にかけてくれるというサービスもある。スペインで初体験だった。周囲の宿泊客を見ると、巡礼者は私だけで他は観光客のようだった。オーナーの5歳の可愛い女の子の写真を撮らせてもらった。人形のような顔をしている。

 近くのスーパーで食料品を買い込み、広いキッチンでゆっくり食事を楽しんだ。シエスタも久しぶりに享受した。疲れがずいぶん取れたように感じられる。

 旅は終盤戦に差し掛かっている。巡礼が始まったときは時間の流れがひどく遅かったが、今は加速度的に時間が進む。一日一日を大切にしていきたい。