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スペイン巡礼紀行文(2018年5月11日)

5月11日 Colombres/Llanes 24km 40000歩

 昨日のアルベルゲはひどかった。ベッドは汚く、ベッドの間は狭く、早朝にはアリがヘッドの上でうごめいていた。
 シャワールームは男女の区別がなく、狭く、中で着替えられない。タニヤら若いドイツ人女性の2人組はプライバシーがないとしてシャワーを浴びなかった。
 脱水機も洗濯機もなく、オーブンも壊れていた。Wi-Fiはあるというが繋がらない。こんな具合だから安ければいいが、12ユーロと高かった。今日途中まで一緒に歩いて来たドイツ人男性がこのアルベルゲに泊まるべきかどうか迷っている理由がやっと分かった。彼は悪い評判を聞いていたのだ。
 夕食にはワインも出されず、料理もあまり美味くなかった。
 それでも、巡礼者たちは明るかった。20名くらいの巡礼者が一つのテーブルを囲み、談笑しながら、一時を楽しんだ。巡礼者魂はここでも生きている。
 改めて、西洋人の食欲に驚いた。いつも食べるのが一番遅いのは私だった。

 

 今朝はいつもの通り最初に起きたのだが、寝ている間にメガネをベッドと壁の間に落としていることに気がついた。まだ真っ暗な中、ヘッドライトを灯しながらストックを使ってやっとメガネを掻き出した。私はなぜ楽しいはずのヨーロッパ旅行にやって来て、こんなことをやっているのだろうかと、ひどく落ち込んだ。
 道中、多くの小綺麗なアルベルゲを見かける度に、あのアルベルゲがさらに憎たらしく思えた。

 再び大西洋岸が見えるところに出ると、巡礼路を少し外れて大海の見晴らしの良いカフェテリアに入って休憩した。すると、地元民と思われる男性がスペイン語で話しかけてきた。
 私が「日本人だ」と答えると、「ヨーロッパに住んでいるのか」とさらに聞いて来る。「日本に住んでいる」と返事すると、こんな遠くまでやってきたのかと感心したような顔になり、私が注文したトーストとオレンジジュースの代金を肩代わりしてくれた。スペインに来て初めてのことで、大変感謝し固い握手をした。

 今日も道を間違えそうになった。分岐点で迷っていると、誰かが突然クルマでやって来て、正しい方向を教えてくれる。後ろから巡礼者がやって来て助けてくれることもある。ほとんど人通りがないにも関わらず、不思議なことが起こる。カミーノは神様に守られているのだと思う。
 今日はずっと1人で歩いていたので、このまま次の目的地まで1人で行くのだと思っていた。しかし、73歳の元気そうなスペイン人男性が追いついてきたので、何かの縁と思い、付いていくことにした。彼はまったく英語を話さず、スペイン語でまくし立てる。半分はおろか、ほとんど理解できない。神様は私にスペイン語も勉強する機会を与えてくれたのだと、理解した。
 彼は途中でBarに入ろうという仕草をしたので、後に続いた。アメリカンコーヒーとオリーブの実を注文したのだが、彼が奢ってくれた。今日は特別な日なのだろうか。
 目的地の町に着くと、彼はわざわざ駅舎に付設するアルベルゲまで私を送ってくれて、自分が泊まりたいアルベルゲに向かって引き返して行った。
 私はアルベルゲにチェックすると、シャワーと選択を後回しにして、レストランがシエスタで閉店になる前に昼食に出かけた。そこでスペイン人3人の巡礼者に声をかけられて一緒に昼食を摂ることになった。巡礼者メヌーを食べ終わると、勧められるまま食後酒のチュピトを飲んだ。美味しかった。
 今日は初めてスペイン人男性との交流の日となった。神様は男性とも付き合えと言っておられるのだろうか。スペイン人がいないとき、みんなでスペイン人の悪口を言い合っていたのが恥ずかしくなった。

 西洋人の言語行動を注意して観察していると、家族を非常に大切にしているのが分かる。これは重要なことなのだ。
 過去の話になるが、私は国家公務員になると、10年くらい終電かまたは深夜タクシーで帰宅する生活が毎日のように続いた。国の発展のために働くのだから、まったく苦にならず、むしろ自分たちがリードしていくのだと誇りに思っていた。
 しかし、一方でそのような過酷な生活に付いていけず、職場を去ったり、病気になったり、自殺したり、帰らぬ人となったりした仲間がいた。
 自分は50歳くらいまで太く短く生きて果てることが格好いい生き方だと本気で考えていた。今考えると、じつに馬鹿げた考えだったと思うのだが、当時はそれが当然のような状況だった。
 仲間の葬式に出席する度に、やはり何かがおかしいのではないかと思うようになった。本人はともかくとしても、遺族の悲しみを考えると、やはり彼らは生き延びるべきだったのだ。人間にとって家族ほど大切なものはない。幸福の原点であり、基盤である。どんなお金や地位でも買えない大事なものがそこにある。
 彼らの冥福を祈りながらのカミーノの旅でもある。これも私の任務の一つと思っている。

 家族の基本は夫婦が愛し合うことだ。人類がまだ貧しかった時代には、夫婦は死ぬまで離れないことに生存の合理性があった。

 しかし、豊かな時代になると、価値観が多様化し、2人が同じ家の下で生活することが幸福とは限らなくなった。人間は価値観や感情の同一性を強く望む動物だ。しかし、同時に人間の価値観は移ろいやすい。成熟社会において夫婦の間でこれを維持するのは容易なことではない。
 西洋においては、離婚が常態化しているし、日本でも離婚は少ないものの家庭内離婚は相当な数に上っている。
 人類の進化の過程において、厳しい生存状況下で集団で子孫を産み育てるという複数の男女が混交をしていた時期と、比較的豊かなで特定の男女が仲良く暮らしていた時期の両方の遺伝子が現在の我々の身体に残されている。そのため、異なる異性を求める本能と夫婦で暮らす本能がぶつかり合う。
 西洋人は個人の独立と自由を大切にする。価値観が一致すれば一緒になるが、齟齬をきたせば別れる。じつに分かりやすいが、人間はサルのように集団志向が強い動物でもあるので、別れても孤独に勝てず配偶者を見つけようとする。

 個々人は欠点を持ち、いわばガラスの家に住んでいるようなものだ。夫婦でも友達でも、相手の家に石を投げてはいけない。時には、片目をつぶって付き合う必要があるように思える。
 西洋人でも、東洋人でも、男女の良好な関係維持には本能と理性を合わせた高度な知恵が必要なように思えてならない。
 そのようなことを考えながら、今日歩いた。