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Daily Archives: 2018年6月19日

スペイン巡礼紀行文(2018年5月9日)

5月9日 Santillana/Comillas 23km 38000歩

 サンティジャーナはスペインでもっとも美しい村の一つだった。ロマネスク方式の教会も美しく、安らぎを与えてくれた。
 この大旅行の隠された目的は巡礼者の心の底まで入り込んで、人生にとって何が一番大切なのか、人生とはいったい何と考えているのかを知ることである。国籍を超えて共通なものがあるはずだ。

 冷たい雨が降る中、村の住民に道を尋ねながらやっと修道院経営のアルベルゲの一つに着いた。私はひどく疲れていたので、少々高くてもホテルに泊まってもいいと覚悟を決めていたのだが、英語を流暢に話す若いオスピタレーロにリスベスがチェックインしているかどうか尋ねてみた。果たしてリスベスはこのアルベルゲにチェックインしているが、外に出かけていると言う。このアルベルゲにチェックインすることに決めた。

 私はいつものようにシャワーを浴び、洗濯を終え、ミーティングルームで紀行文を書き始めた。1時間くらい経過したとき、リスベスが笑顔でミーティングルームにやってきた。もうこれが最後になると何回も挨拶していたデンマーク人のリスベスと4回目の再会を果たした。何かの縁があるに違いない。ずいぶん美しい女性に変貌していた。やはり笑顔は人を美しく見せるのだ。彼女が言うには、オスピタレーロは私がリスベスに会うためにこのアルベルゲを探してやってきたと少々オーバーに話しているようだった。いずれにしてもお互いの再会を素直に喜んだ。

 彼女は今日巡礼を終えて、明日サンタンデールまでバスで戻り、明日帰国のフライトに乗るので、本当の最後の晩餐になる。

 レストランはシエスタの時間になっていたので、私達は一緒にスーパーまで行き、赤ワイン、アンチョビ、チーズ、パン、トマトを買い、アルベルゲの食堂で2人だけの食事を楽しんだ。味も雰囲気も完璧なものだった。
 人生にとって何が大切なのか、カミーノは何を与えてくれるのか、女と男は何が違うのかなど答えのない哲学的な議論を行った。
 会話の終わりごろになって、「私は8年前に離婚したが、夫は財産をとり、自分は子供達を選択した」と静かに語った。離婚は手続きが非常に面倒だったそうだ。また、「数年前に彼女がポルトガル人の道を歩き終え、ある男性がフランス人の道を歩いて来てサンティアゴでちょうど出逢い、好きになったが、恋は成就しなかった」と少し寂しそうに語る。「価値観が一致する人を探すのは大変、これからも結婚するかどうか分からない」と付け加えた。
 デンマークにも素敵な道があるので、機会があるとき一緒に歩きましょうと誘ってくれた。私は「人生は100歳の時代だ、60歳はまだ若いので何回も会える機会が来る」と言ったら、彼女がクスッと笑った。若いかどうかは気持ちの問題なのだ。忘れられない素晴らしい夜になった。

 

 今日の巡礼は緑色に染まった牧草地帯を歩いた。

 60歳代の韓国人夫婦のケンとミーはいつも仲良く歩いてように見えるので、私がケンに「じつに羨ましい」と言うと、「妻は肉体的にも精神的にも強く、いつも喧嘩で負けている」と愚痴った。
 イスラエルのユダヤ人女性と並んで話す機会があったが、「ユダヤ人はクリエイティブだ」と私が言うと、彼女は「クレージーだ」と応じた。最近の英語のクレージーはいい意味で使うようだ。彼女が「大学に入学した」と言うので、「どこの大学か」と聞くと、「カミーノが大学そのもの」だとあっさり答える。「ここでは大切なものが何でも学べる」と言う。やはりこの女性はただ者ではなさそうに思う。

 彼女の声を聞いていて思い出したのだが、私が「(人気の高い)グエメスのアルベルゲのミーティングルームで、中高年男性から妻の死去のためにカミーノにやってきたという告白を受けていたのは君だったのか」と彼女に聞くと、少し驚いたような表情になった。私も盗み聞きする気持ちはさらさらなかったが、彼女もまさか聞かれていたとは思っていなかったようだ。

 彼女は「自分は仕事を辞めてカミーノにやってきたが、今後は冬の巡礼者を支援するために、アルベルゲでボランティアをやりたい」とも付け加える。私が「少し長い棒を杖に使っていたので、どこで見つけたのか」と聞くと、「棒が私を見つけたのだ」と平然として答える。私は「世界はそのように常に双方向の関係で成り立っている、片方向ということはあり得ない」と応じたが、やはりユダヤ人は独創性なのだろうか。
 彼女は仏教にも感心があり、インド、ネパール、ミャンマー、タイを訪れたことがあると言う。「人生は生病老死の4つの苦に満ちているが、この原因は欲に原因があるので、これを滅するために修行が要ると仏陀は言っている」私が言うと、ユダヤ人女性は途中から遮るように「このカミーノがその修行そのものだ」と即答する。彼女は若いが何者なのだろうか。今度会ったとき、もっと話し込んでみたいと思う。

 医療関係従事者のドイツ人女性のサビーダが追いついてきて声をかけてくれた。私がリスベスがいなくなって寂しいと言うと、彼女は素敵な女性だったと同情してくれた。

 今日私は相当疲れているように見えたのだろうか。他の修行者が抜き去っていく度に、大丈夫かと聞かれたり、ビスケットやチョコレートをいただいたりした。
 カミーノにやってきて2週間くらいが経つが、疲れが溜まってきたようだった。出会いもあったが、別れもあり、精神的にも疲れた。今夜はペンションの部屋に1人で泊まることにした。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月8日)

5月8日 Santander/Santillana 27km 45000歩

 今日は大西洋岸に面していた大都市サンタンデールから内陸に向けてサンティジャーナを目指して歩いた。霧雨のなかを車両が多い道路沿いに歩いたので、いい印象が残っていない。サンティジャーナはオランダ人のリスベスが巡礼の旅を終える村でもある。一人で歩いていると、最後にまた会ってみたくなった。
 途中でまた道に迷った。巡礼道が川に阻まれ前に進めない。偶然にも地元の人が通りかかったので話かけると、3つの選択肢を示してくれた。
 川に沿って9km遠回りする方法、駅まで2km戻り電車で橋を渡る方法、そしてその鉄道の橋を歩いて渡る方法だ。目の前に電車の橋があるので、それを渡ったほうが一番手っ取り早いのだが、歩道はない。その男性は電車が来れば、反対側の鉄道に寄って避ければよいというが、橋の上で両方から同時に電車がやってきたらどうすればいいのだろうか。万一の場合を考えて妻の顔が浮かんだので、断念し最寄りの駅まで戻る選択を選んだ。
 そのスペイン男性はわざわざ駅まで案内してくれた。お礼を何度も言うと、人助けが好きなんだとスペイン語で応じてくれた。

 他の巡礼者3人と一緒に運よくすぐやってきた電車に乗って、彼らは1駅で降りたが、私は3駅先まで行った。風景が芳しくなかったという理由もあるが、早く彼女に会うためだったのかもしれない。

 電車から降りて先を急いで歩いた。途中追いついた2人組の女性に話しかけると、デンマーク人だった。彼らは「私は日本人だとすぐ分かった」と言うのに驚いた。リスベスは私と一緒に撮った写真をこの2人組の同国出身のデンマーク人に見せていたのだった。えぇと思った。いったいなぜ、何のために。
 今日の宿泊地のサンティジャーナはまるで中世にタイムトリップしたような村だ。ここでは巡礼道は少数で、観光客が多数を占めている。スペインでもっとも人気のある村の一つのようだった。
 有名なアルタミラ洞窟の壁画までは2kmの距離である。本物は公開されていないが、そっくりのレプリカが公開させていて見る価値がほどリアリティがあると、リスベスが言っていたのを思い出した。思い起こせば、私はフランスのラスコー洞窟の絵画のレプリカを東京の博物館で鑑賞したことがあった。壁から今にも飛び出してきそうな生き生きした動物の絵に感心したのだった。
 中世の巡礼者と現代の巡礼者の違いについて書いてみたい。
 中世ではサンティご巡礼にはレコンキスタ運動という政治的意図があったことはすでに述べたが、当時巡礼者は神を信じていたことは間違いがない。

 巡礼に行くには教会の許可書が必要であったが、年収の何倍もの資金をかける人生最大の旅でもあった。巡礼の期間は自宅から往復するため、何ヵ月から年単位の時間がかかっていた。大多数の巡礼者は貧しく不潔で、異様な匂いを発してもいた。途中、盗賊に襲われたりペテン師に騙されたり、巡礼者を狙った売春婦さえ横行していた。野犬に襲われたり、悪天候で命を落とした者さえいた。まさに、命懸けの旅であったのだ。12世紀には年間50万人の巡礼者がサンティアゴの大聖堂に参拝したという記録も残っている。その人数は現代でもまだ破られていない。
 それに比べると、現在の巡礼はじつに気軽なものだ。まず、ほとんどの巡礼者は神を信じていない。ハイキングの延長のようなものだ。宿泊所もかつての教会ではなく、アルベルゲが廉価で整備・提供されている。人々は良識を持ち、お互いを助けあっている。みんな健康的に見え、難病の治療のために巡礼に来ている者はいないように見受けられる。家族を亡くして、心を癒されに来る者はいるが、巡礼者は一見するとじつに健康そのものだ。同じ巡礼者とは言っても、内容はまったく異なっている。

 カントやニーチェらの哲学者が「神は死んだ」と宣言して近代が始まるのだが、人々は今、神の代わりに科学や貨幣を神のように信じている。人間は基軸となる価値観の尺度を必要とするのだろうか。
 中世はまだ神が信じられていたと言う意味では、当時の人々は精神的に救われていたが、教会は免罪符を発行して人々を騙したり、黒死病やコレラでじつに多くの人が死んだり、魔女裁判で無実の人が殺されたりしていた。かつてのロマネスク式教会に癒しを感じたとしても、やはり中世より現代のほうが遥かにいい時代なのだ。
 人類は進化し続けていると私は思う。未来にはもっと素敵で、素晴らしいことが待っているだろう。それはいったい何なのだろうか。想像力を自由に働かせて考えてみたいものだ。