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Daily Archives: 2018年6月18日

スペイン巡礼紀行文(2018年5月7日)

5月7日 Guemes/Santander 17km 25000歩

 昨日のアルベルゲは北の道でもっとも人気のあるところだが、昨年1年間に泊まった日本人は65人であるので、北の道を歩く日本人は年間せいぜい100人というところだろうか。日本人に会わないはずだ。なお、韓国人はその倍宿泊している。

 デンマーク人のリスペスとはイルンから歩き始めたとき最初に話した巡礼者で、かつこの1週間ほとんど一緒に行動していたが、ついに別れるときがきた。

 リスペスは早朝には食欲がないため、アルベルゲの朝食を摂らず出発し途中のBarで朝食を摂るつもりのようだ。逆に、私は朝食抜きでは元気がでないので、アルベルゲで腹いっぱい食べて出発することにした。

 彼女と出会っていなければ、何度も道に迷ってひどい目にあっていたに違いない。色々な話をして、いい思い出になった。非常に感謝している。
 時間が余りなく急いで書いたので出来ばえはあまり良くなかったが、彼女の似顔絵を描いて差し上げた。私にできることはそれくらいしかない。そして最後にハグをして別れた。カミーノにはハグがじつに似合う。

 今日は高台から美しい海岸を眺めながら歩いた。素晴らしい朝の散歩だった。

 大都市サンタンデールに向かう渡し船を待っていたリスベスとロブに追いついた。船上では心地よい風に吹かれて開放的な気分になり、彼らと記念の写真撮影をした。なかなか別れることができないが、私は予定通りサンタンデールで観光するためサンタンデールに宿泊し、リスベスは5キロ先の村を目指すことになった。翌日はアルタミラ石窟壁画のレプリカを見学し、再びサンタンデールまで引き返して、帰国の途に就く予定だと語る。オランダ人のロブは今夜サンタンデールのアルベルゲに泊まり、明日は帰国すると言う。孫のベビーシッターで忙しくなると嬉しさを隠し切れないようだった。ただ、ロブはリスベスが寂しそうな顔をして先に急ぐリスペスに気を遣ってか、私に一緒に歩いていったらどうかと目配せしたが、別行動を取ることにした。

「これが3度目のお別れね」とお互いに言いながら、またハグをして別れた。
 今、サンタンデールのアルベルゲにチェックインしたばかりだ。サンタンデールと言えば、スペインの無敵艦隊が1588年のアマルダの海戦に敗れて、帰港した街だ。
 スペインの歴史について私見を交えて振り返ってみたい。
 ヤコブはイエスの12使徒の1人で、当初スペインで布教活動をしていたが、うまくいかずエルサレムに帰っていた。キリスト教の弾圧を強めていたヘロデ王はヤコブを捕らえ断首する。その遺骸は舟に乗せられ地中海からスペインの西海岸へと運ばれ、埋葬される。
 時代はずいぶん下るが、イスラム教徒のモーロ人は711年アフリカからイベリア半島に進行し、瞬く間にイベリア半島を占拠してしまう。当時イスラム教徒は中国から持ち込んだ紙の製造技術を持ち、かつ建築技術でもキリスト教徒を上回っていた。文明の差がイベリア半島を急速にイスラム化したのだった。
 これに対して、カトリック教徒側はレコンキスタ運動(国土回復運動)を始めるのだが、精神的なバックボーンが必要だった。
 偶然にも?ヤコブの遺骸が813年サンティアゴ・デ・コンポステーラで再発見された。ここを目指してカトリック教徒の巡礼の旅が始まった。12世紀には年間50万人の巡礼者が聖地を訪れたという記録が残っている。
 レコンキスタ運動は1492年のコルドバ陥落で終了したことになっている。じつはこの年、二つの重要な事件が起こっている。一つはスペイン王の支援を受けたコロンブスによるアメリカ大陸発見であり、もう一つはユダヤ人の追放令の発令である。
 スペインのカトリック教徒はレコンキスタ運動の終了後も戦闘意欲を止めることができず、中南米の古代文明を滅ぼし、莫大な財宝を母国に持ち帰る。一気に豊かな国に変貌するのだ。スペインが世界の覇権を握るのだった。
 一方で、スペインで金融業を牛耳っていたユダヤ人の追放令は、資本主義社会の萌芽を摘み取ってしまう。
 1588年アルマダの海戦でスペイン無敵艦隊が敗れると、世界の覇権は英国へと引き渡されるのだ。天候不良と稚拙な作戦が重なり、負ける可能性のなかった戦争に敗れるのだ。
歴史の偶然は恐ろしい。
 時代は産業革命へと突き進んでいくのだが、スペインはその流れに乗ることができず、しだいにヨーロッパの後進国になってしまう。

 レコンキスタ運動が失敗していれば、アメリカ大陸はアラブ人によって成し遂げられ、世界の覇権は今でもアラブ人が握り、世界の共通語はアラビア語になっていたという仮説がスペインで言われていると今回耳にした。
 サンタンデールは美しい都市だ。半数の艦隊を失った無敵艦隊の帰国はどんな様子だったのだろうか。当時を思い浮かべることはできない。
 なお、無敵艦隊と命名したのは、スペイン人ではなく英国人である。そこには、敬意と畏れが込められていた。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月6日)

5月6日 Santona/Guemes 25km 35000歩

 昨日のアルベルゲはユースホステル式のものだった。ジムも付設されていて、オスピタレーロは「ジムもいつでも使える」と言うが、疲れているので考えるだけで嫌になってしまった。

 昨日の夕食も前日と同じく、デンマーク人のリスベスとオランダ人のロブの3人で取ることになった。午後7時を過ぎているが、今日もちゃんとしたレストランはまだ開いていない。軽食屋に入ることになった。彼ら2人は地元名物のイワシ料理とポテトフライを注文し、私はイカフライとポテトフライを注文した。
 ロブが「カミーノを歩いているとき、何を考えているか」と私に聞いてきたので、「デカルトのJe pense, donc je suis.(我思う故に我あり)は真実の命題なのか」と考えていると答えた。リスベスは「それはラテン語で、Cogito ergo sum.という」と反応する。
「デカルトは必ずしも正しくはない。私は私であるが私でない。あなたはあなたであるがあなたでない」と禅問答のようなことを私が言うと、「何を言っているのか分からない」ロブが怪訝な顔になった。当たり前だろう。私にもよく分からない。
 私は疲労とワインの酔いと周囲の喧騒のために、もはや英語で説明するのは不可能と判断し、目の前の紙ナップキンに図を書いて説明した。
「認識の主体である自分と、認識の対象である物体(例えば目の前のワイングラス)のうち、デカルトは対象は存在しないかもしれないが、自分という主体の存在を疑うことはできないと言ったが、それは本当に真実なのか。自分という存在もまた幻想ではないのか。誰かの夢のなかに登場しているに過ぎないのではないか」と私が言う。
 ロブは不思議そうな表情をして、それは仏教の教えなのかて聞くので、少し躊躇したが説明がさらに複雑になると判断し「そうだ」と答えた。「すべてはnothingつまり無なのだ。絶対的なものはこの世に存在しない」

リスベスは私の考えが理解できない訳ではないと応じてくれた。

私は別の図も書いた。円を描いた。

「巡礼者はカミーノに来る前は個別の円だった。しかし、カミーノでその円は近くなり、重なってくる。私の一部はあなたであり、あなたの一部は私である。別の巡礼者が近くに寄ると、彼の一部も共有することになる。そうやって、お互いの円が完全に重なるとき、我々は一体となる。そのときこの世にパラダイスが出現する。あの世は存在しないので、あの世にパラダイスはない。この世にパラダイスを作っていくのが人間の任務なのではないか」

今度は、ロブは「理解できる」と答えた。私はホッとした。私たちはユースホステルに戻る途中、競うように夕陽の写真を撮った。

私はこの時ひどく酔っていたのかもしれない。翌日まで9時間も寝てしまった。


今日も好天に恵まれた。昨日と同様にビーチを数キロ歩いた。

散歩する人々も遊び回る犬もさえずる小鳥も海で泳ぐ魚も飛び回る鳥も、みんな幸せに見える。じつに清々しい朝なのだろうか。
 午後2時過ぎに、北の道でベストと評価されるアルベルゲに到着した。巡礼者たちは思い思いに寛いでいる。このアルベルゲでは3食が提供されるが、料金は寄附制になっている。
 私がミーティングルームで紀行文を書いていると、隣の席では、「なぜカミーノに来たのか」という若い女性の質問に、私と同世代の男性が「妻に先立たれたためだ」と答えるのが耳に入ってきた。巡礼地が天国に近いとは言っても、否応なく死を意識させられる。死の告白を聞くのは2回目だ。現実は厳しく、生と死は隣り合わせである。でも、救われる道もきっとどこかにあるはずだ。私はそう信じたい。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月5日)

5月5日 Castro/Santona 31km 50000歩

 昨日泊まったアルベルゲは18人の定員がいっぱいになったので、5つのマットが追加されていた。その後やって来た巡礼者はペンションに泊まるしかない。
昨日まで一緒に歩いていたデンマーク人のリスベスがオランダ人男性のロブ一緒にやって来た。リスベスとはお互いに笑顔で挨拶をした。彼女との再会は素直に嬉しい。

短いシエスタの後で、3人で一緒に美しい街を散策することにした。古い教会、お城、漁港をのんびり歩いて回った。教会では葬式の準備が行われていた。ロブと私はなかを見学したが、リスベスは遠慮してなかに入らなかった。

ロブが私にカミーノにやってきた理由を尋ねてきたので、「宗教的な意味での神の存在は信じないが、この大宇宙を造った創造主は存在すると思う。カミーノでその創造主と交信できるのではないかと期待している」
 お腹がすいてきたので、3人で夕食を取ろうとしたが、どこのレストランも午後8時からしか営業しないという。うろうろしてやっと見つけたのは中国人がやっている店だった。料理は中華と和食の両方を提供している。もう一組の巡礼者もこのレストランにやってきた。味は合格点に達していたと思う。
 オーナーは浙江省からやって来た華僑とのことだったが、シエスタで他のレストランが休業しているときに伝統と囚われず頑張って働くというのが中国人のやり方だろう。遅れてやってきた者はニッチを狙わないと生きていけない。
 3人での食事はギャグを飛ばさず、静かなものだった。昨日の英豪人とはずいぶん違う。
ラテン語の話になり、私の知っているラテン語memento mori(死を思え)を引っ張り出すと、ロブは似たような意味のラテン語carpe diem(今を大切に)を教えてくれた。
人生の後半になると、死を考えない日はない。人は必ず死ぬ。そこに向けて何をすべきかを考えるのが各人に課せられた課題だ。過去のことを思い出すと、後悔ばかりしがちになる。未来を思うと、不安と妄想に取りつかれやすい。結局のところ、今を必死になって生きるしかない。変えられるのは現在しかないが、今が充実いれば、過去も未来も輝いて見える。人間の命は有限だから美しく見える。
 じつは、中国の荘子やドイツのハイデッガーも同じようなことを言っている。ハイデッガーは、ありありと自分の存在を認識できる実存状態の重要性を指摘している。生きているというリアリティを感じる生き方をすべきなのだ。
 カミーノでは人との出会いが非常に大切だ。お互いを労りあい、尊敬し合いながらも、もう2度と会えないかもしれないという感覚にいつも包まれている。だからみんな今を大切にしている。
 今朝、医療関係の仕事をしているドイツ人女性のサビーナと途中のBarで休んでいると、後からやって来た韓国人男性のケンが突然「足が痛い」と靴と靴下を脱いだ。小指が腫れ、出血もしている。病院に行ったほうがいいような状態だが、あいにく週末と来ている。
 すると、その女性がリュックを開けて、大量の薬を取り出した。私は先に行くように言われたので歩き始めたが、後ほどケンに再会したとき足の状態を聞くと、痛みもかなり軽減されたようだった。治療効果があったのだ。困ったときには、助けの手が差しのべされるのがカミーノである。
 今日は今までで最高の天気であり、美しい海岸沿いの風景を十分堪能した。大海は光り輝き、まるで天国のように見える。
 最後に今日最も受けた駄洒落を一つ。
「25kmの距離を歩くのは、私にとってa piece of pie(朝飯前)だが、でもその距離を行くにはsome pieces of cakeが必要だ」
 日本語にすると余り面白くならないのはどうしてだろうか。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月4日)

5月4日 Pobena/Castro 18km 28000歩

 昨日泊まったアルベルゲは40人位収容できるが、満室になった。私は一番奥の2階のベッドをやっと確保できたのだった。まだ、シーズンが始まったばかりなのに満室とは。遅れてやってきた同世代の韓国人夫妻のケンとミーは仕方なくホテルから迎えにきた車に乗って去っていった。そう言えば、こちらにやって来て、まだ日本人に会っていない。おそらく、サンティアゴに到着するまで出会わないのではないかと思う。
 アルベルゲには女性用シャワールームは二つあるが、男性用シャワールームは一つしかない。私がシャワーを浴びていると、久しぶりに会った豪州人がすぐ外で、「サクラ、サクラ・・・」と歌っている。私への好意の現れか、それとも速く済ませろという意味なのか図りかねた。面白いおやじだ。彼は私のことを兄弟だとみんなに言いふらしている。誰も信じないのだが。
 午後7時からの夕食は初日に一緒にサンセバスチャンに泊まった豪州人2人と英国人1人の3人組と同席することになった。彼らはいつも冗談ばかり言い合っている。
 私に対してこう言う。

「新幹線は速いから富士山はあっという間に見えなくなる、君は2日前にローマにいたが今はここにいる、2日後にはサンティアゴに着いているだろう」何が可笑しいかよく分からないが、みんなが爆笑する。
 私がウェイトレスに何か注文しようとすると、横から「寿司と酒」と言ってちょっかいを出す。ロシアサラダを注文すると、「共産主義者だ」とからかってくる。こちらはむきになって反論するのだが、それが彼らの笑いをまた誘う。
 彼らとはサンセバスチャンに次いで2回目の夕食だが、私に話しかけるとき以前より目尻がずいぶん下がっている。やはり飲食は友情を深める。
 英国人が「母国には800kmの良い巡礼道があるので、一緒に歩かないか」と誘ってくる。シャワーを待っていた豪州人は「富士山に一緒に登らないか」と提案してくる。これは冗談ではなさそうで、突然の話に戸惑った。もし、Yes, I will.と言っていたら、彼らはすぐにでも日程の調整を始めたであろう。
 こうして友達として受け入れてくれて嬉しかったが、同時に「世界は自分たちの庭だ」といわんばかりに、いつでも簡単に飛び回ろうとするアングロサクソン魂を見た思いだった。彼らは60歳を過ぎてもフットワークが非常に軽い。
 今日は海岸伝いに歩いたが、今まで最高の風景だった。ビスケー湾から吹き付ける風は冷たかったが、まったく気にならなかった。この道を歩いているだけで、極東からはるばるここまでやってきた意味がある。美しい世界は私たちに開かれているのだ。
 カストロは美しい漁港であり、リゾートの街でもある。私は正午にはアルベルゲに最初に着き、2時間近く待たされることになったが、気に入ったので先を急がず今夜はここに滞在することにした。
 なぜカミーノにやってきたのか、カミーノの何が気に入ったのか、機会があるときに巡礼者に質問してきたが、みんなから似たような回答がかえってきている。
 宗教的な理由で来ている者にはまだ出会っていない。美しい自然のなかを歩くのは気持ちがいい。いろんな国や地域の人と出会えて面白い。オープンマインドで素敵な人ばかりで楽しくてたまらない。みんなとすぐに心が通い会える友達になれる。毎日一緒に飲んで、食べて、お喋りするのは夢のよう。仲良くなった友達と別のルートを一緒に歩くこともある。肉体と精神の健康のために、何度もやって来たい。
 そう、カミーノは地球上でもっとも天国に近い場所なのだと思う。