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Daily Archives: 2017年9月15日

小説『歩禅』

 八代市内の宮嶋スポーツ財団の駐車場は約100人のウォーカーで混雑していた。八代から薩摩街道沿いに八女の卑弥呼公園まで100キロの道のりを24時間以内に歩く大会が開かれようとしている。出場者は主催者の山田会長の挨拶もそっちのけで、不安そうに黒い雲ばかり見上げていた。天気予報は90%の降雨と発表され、いつ雨が落ちてきてもおかしくはなかった。
「アキ先生、卑弥呼公園で待ってますけん、必ず完歩して下さい」
 高専の学生たちが応援に駆けつけてきていた。出場を知らせてはいなかったが、どこかから情報を入手したらしかった。
私には大会への明確な目標があった。がんで入院中の綾子叔母さんの無事の退院を祈念することだ。私も最後まで頑張るので、叔母も頑張って元気になって欲しい。子どもに恵まれなかった叔母は幼少の私をわが子のように可愛がってくれた。
 正午のスタート後、臨港線から薩摩街道に入るころには天から雨が落ちて来た。ポンチョを取り出して着るのだが、雨が小降りになると、ポンチョをリュックにしまった。しばらくなると、また雨がひどくなり。そんなことを繰り返しなり、雨は勢いを増していった。天は手加減をしてくれそうもない。
 綾子叔母のためにも簡単に負けるわけにはいかない。暴風雨は私の覚悟を試しているように勢いを増していく。厳しい試練である。私は歩くことに集中した。土砂降りになるほど、わたしの闘争本能に火が付いた。余計なことは何も考えず、人間機関車になるのだ。ざぁざぁと脚を勢いよく前に踏み出す。昨年は苦しさから逃れる方法ばかり考えていたが、今年はへなちょこな私はそこにいなかった。どんな豪雨でも明日になれば消えてしまい、青空が広がる。自然がどんなに私を苛めようが、それに屈しなければ勝利はこちらに転がってくる。敵は苦難から逃れようとする弱い自分だ。辛くても心は燃え盛っている。
 それでも、靴の中は雨水が侵入し、ずぶ濡れになっている。足の裏には肉刺ができ、痛み始めていた。足の甲や下半身の筋肉は悲鳴を上げ、歩きを止めろという信号を発している。痛みは今まで経験したことのないレベルに達してきた。トラックは雨の中でもスピードを緩めず、水たまりの泥水を蹴散らしてウォーカーに浴びせる。屈辱感を覚える。弱い自分はこんなバカなことはもう中止したらどうか、ほとんどの人はリタイアするのだから恥ずかしくはない、ここまで頑張った自分を褒めて上げられよ、そんな気持ちが心から湧いてくる。でも、発想を変えると、病床に横たわる患者は命を天に委ねるしかないが、健康な身体を持つ自分は完歩かリタイアかを判断できる立場にいる。自分で運命を決められるのだ。
 田原坂に差し掛かると、一層風雨は増した。県境では暴風雨になった。大会が中止になっているかどうかさえ分からない状況になった。痛みは背中まで這い上がってきた。もうこんなバカなことは止めよう。叔母の健康を祈ったからと言って、それが通じるとは限らない。自分の身体をこれほど痛めていったい何になるというのだ。後遺症が残ったら、みんなに嗤われるだけだ。私は世界一愚かで、思いあがった人間はなかろうか。
後ろから誰かが歩いて迫ってきた。でも、抜いていく様子はない。私は振り返ってみたが、誰もいない。そんなことが何回か続き続き、はっと気づいた。4年前に亡くなった母なのではないか。苦しんでいる息子を励ますために、後ろから付いてきているのだ。死んでもなお息子を大切に思う気持ちに心が熱くなった。それに比べて、母の生前私はどれほど親孝行をしたのだろうか。自然の試練がどんなに厳しくても、それを上回る応援を母はしてくれているのだ。母に頭を深く垂れた。
 私は歩きに集中した。過去も未来も私には変えることはできない。自分が立ち向かっていけるのは現在しかない。現在にすべてを賭けずして、生きていくことの意味がない。人生は暇つぶしではない。ここでは敗北は絶対あり得ないのだ。あとどれだけ距離が残っているかではなく、今の激痛に耐え、次のエイドステーションまで辿り着くことだけを考えた。一息つけば、エネルギーが身体から湧き出てくるかもしれない。ボランティアが熱いお茶を持ってきて、頑張って下さいと声をかけてくれた。歩いている私たちよりもテントの中で夜通し立ち尽くしている彼らの方が辛いと思った。少なくとも私にはできそうもない。
 深夜3時頃には雨が急に止んだ。やはり、豪雨がどんなに激しくても終わりは確実にやってくるのだ。空が晴れ、月と星が輝き始めた。じつに美しい光景だった。太陽が昇り、大地、川、田畑を形成し始めた。
ついに、ボランティアと学生たちが拍手で迎えるなかをゴールした。100キロウォークの恐ろしさを知らされた2日だった。お前はよくやったと自賛すると感激の涙が溢れた。身体の痛みは消えていた。綾子叔母さん、やったよ。これで無事退院できるよ。願いは必ず通じるから。そう思った。でも、しばらくすると、全身から汗が吹き出し、意識が遠のくのが分かった。自分の身体に何が起こっているのか分からないまま、意識が消えて行った。
 意識が戻ったときは病院のベッドの中だった。低血糖症と告げられた。歩きに集中する余り糖分の補給を怠ったのが原因だった。再び激痛が身体を包み込んでいた。鏡の中の自分の顔色は悪く20歳以上も老け込んでいた。

 半月余りが過ぎ足の疲れも取れたので、ウォーキングを再開した。ゲートボール場から大きな声がかかってきた。
「アキちゃん、どけ行くとね?」
 張りのある声が聞こえると、女性が近くに駆け寄ってきた。綾子おばさんだった。手術を受けて一回り小さくなったものの、顔色はよく、元気に溢れていた。大手術を受けたとも思えなかった。
「アキちゃんは大学の先生で偉かけん、おどんま百姓とは違うたい。武者んよか体育着ば着て、恰好よかね。もっと田舎もんにならんと、付き合いにっかたい」
 相変わらず直截的な話し方だった。本当に元気になってよかった。私の祈りは効き目があり過ぎたのかもかもしれない。これでいいのだ。来年も100キロウォーク大会に出場しようと決心した。(了)

(2017年9月15日、寺岡伸章)
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