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Monthly Archives: 9月 2017

第三次世界大戦

 北朝鮮の金正恩と米国のトランプの言葉による非難の応酬は激しくなるばかりだ。メディアは掛け合い漫才の次元で報道しているように見えるが、意外に両者は本気なのではなかろうか。太平洋で水爆実験が行われるかどうか分からないが、行き違いで戦争になる可能性は増していると思う。過去の世界大戦がそうであったように、局地戦から世界中を巻き込む戦争に急拡大していくこともありうる。

 こんな重大な時、勝てる可能性があるからといって総選挙を行うのはどうしたものだろうか。政治家が考えることはよく分からない。国民の平和と財産を守っていこうという気概に欠ける。

 戦争という一大事になると、自衛隊の戦闘能力、地方自治体の防災体制に依存することになるが、国民も自分の身は自分で守ると言う気概が必要になってくる。
北朝鮮の戦闘機がわが町を爆撃してきたら、防空壕に入らなければならないが、その防空壕が整備されていない。都市から爆撃機がやって来そうもない山林地帯に避難しなければならない。九州であるならば、九州中央の五家荘あたりになるのだろうか。でも、みんな似たようなことを考えるので、狭い道は渋滞し、目的地まで到達しそうもない。疎開できたとしても、食料はどうやって補給できるのか。色々考えると、どうもうまく行くようには思えない。

 海外逃避はどうだろうか。やっと搭乗した飛行機は落とされる可能性があるし、混雑する空港が爆撃機の恰好の標的になる可能性は大だ。海外への逃亡を狙うのであれば、まだ戦争が始まらない今しかないかもしれない。数か月間、あちこちの国に期限一杯滞在するのだ。物価が安いタイ、ラオス、カンボジア、ミャンマーあたりが候補になるだろうか。でも、これもそれなりにお金がかかるし、第一今生きている現場を離れて自由になれる人は少ない。

 結局、今住んでいる場所でどうにか乗り切るしかない。財産は失ったとしても、命を守らなければならない。

 世界規模の核戦争にまで進展すると、野外は放射能が大量に降り注ぐため、フィルター付きの堅牢なシェルターの中で2週間過ごさなければならない。そのようなシェルターはどこにあるのだろうか。旧坑道にでも逃げ込むしかない。ここも定員ですぐいっぱいになるだろう。
 原爆のプルームで地球上が厚い雲に覆われれば、厳冬がやってくるに違いない。それはどの程度続くのだろうか。数か月か、数年か。その間どのようにして生き延びることができるのか。

 暗澹たる気持ちになる。生き残られる可能性は限りなくゼロに近い。
 しかし、発生する事態に迅速に対応するため、思考実験だけは行っておきたい。食料の確保、耕す畑の目安くらいは事前に行っておきたいものだ。

 戦争が起きないことを毎日祈ろう。静かな気持ちになって。

(2017年9月27日、寺岡伸章)
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犬も歩けば棒に当たる

 定年退職を機に、美術を始めた。小中学生のときのことを思い出すと、音楽と体育はまったくダメだったが、美術はそこそこの成績を収めていた。さらに、自宅に放置してあった荷物を整理していると、高校時代に獲得した西日本読書感想画入選の盾が出て来た。すっかり忘れていたのだが、当時の模様が鮮明に思い出される。これも何かの啓示なのだと思い、美術を始めたのである。じつに43年ぶりのことだ。

 まずは基本からと考え、デッサンに取り掛かった。有名な絵画の模写、自分や身近な人の顔写真の写生、果物や野菜などの静物画に挑戦した。やってみると、意外にもいい出来栄えだ。もちろん、半分は自惚れているのだ。何の責任も果たさなくてもよい悠々自適な生活を得たのだから、少しぐらい自画自賛してもよかろう。こんなことは人生のほんの一時期にしか起こらないことなのだから。

 デッサンを数十枚描いて気づいたことがある。描く対象の欠点が重要な要素であり、描く上でのカギとなる。例えば、顔の写生を行う場合、ほくろ、皺、シミをうまく発見して、描き出すことが、その人の個性を引き出すうえで大切なことのようだ。目も左右で異なるし、鼻も曲がっているし、唇も不格好である。これらの崩れを見抜き捉えないといけない。そうすると、自然と画用紙に浮かぶ顔が本物に似てくる。

 果物でも同じである。傷やシミのない果物はじつに描きにくい。欠点があるほど、描く材料が増え、描きやすくなる。人間も同じようだ。
 ただ、それらの欠点はしっかり観察しないと発見できないことが多い。微妙な影や皺はぼぉーとしていては分からない。対象物としっかり対峙しないといけないのだ。真剣勝負と思わないといけない。
 果物からすると、描いてくれてありがとうと、言われるくらいになりたいものだ。作者にとっては、果物は画材にもなり、食しても美味しいのだから嬉しい限りだ。今までただ食べるだけで気づかなかった果物の表情が分かるようになったようだ。果物冥利に尽きるだろう。

 こんなことをやっていると、思わぬところからオファーがやってくる。太鼓を叩いている裸の男性の写真を差し出され、これを描いてみないかと言われたり、肥後六花を描いたグラスを地元の特産品として販売したいが、花の絵をイラストできないかと誘われたり、新聞のモノクロギャラリーに投稿してみたらと催促されたりするようになった。
 どれも、駆け出しの私にとっては身に余る光栄であるが、同時に身が引き締まる。仕事で感じた感覚が呼び起こされるのだ。これが快適か不快かで、ことの成否が決まるのだろうか。私の場合どちらに転ぶのだろうか。

 犬も歩けば棒に当たる。死ぬまで、完全に解放してくれそうもない。

(2017年9月26日、寺岡伸章)
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世間は悪魔と鬼ばかり

 ある大学教授と話していたのだが、今の大学生は他の学生と異なることを実行するのを極度に恐れているという。みんなと似たような価値観を持っていれば、誰からも責められたり、のけ者にされたり、虐められたりする恐れがないからだろうか。決められた路線から外れて生きることに恐怖を抱いているともいう。心の中に不安を抱えて生きているように思える。まるで、年老い、死を怖がる高齢者のように。就職活動に失敗したり、留年したりしただけで、自らの命を絶ってしまうか弱い学生は少なくないそうだ。

 みんなと同じようなことをやったり、流行を追っていては、独創的な仕事を行うことはできない。国際的な厳しい競争に曝されている企業の立場からすると、斬新な発想を創出し、それを実行できる人材を欲しているのだが、学生のほうはそれとは逆の方向に行っているように見受けられる。これが本当だとすると、日本企業は競争に敗れていくことだろう。

 先輩後輩の関係は西欧にない奇妙な人間関係なのだが、親孝行の慣習は弱くなっても、若者の間でも一向に弱体化していない。東日本大震災を契機に人々の絆が大切にされるようになったが、身近な人的関係ばかりが強調され、内向きになっているようだ。真面目で覇気がないとされる所以だろうか。

 西欧社会は神と個人の関係が基本となっているため、社会的権威や伝統がなんと言おうと、神の意思に忠実であれば、わが道を進むことができる。死後救われるし、困難に陥っても精神的支えになるからだ。世間や仲間の価値観や世間の自分を見る目はあまり重要ではない。神を信じる限りにおいては、人間はあらゆる束縛から自由なのだ。

 日本にはそのような万能の神が存在していないためか、個人が共同体の中で相対的に位置づけられるようになる。自分の価値や評価は外から規定されるのだから、周囲の目を気にするようになるのだ。

 でも、自然や大宇宙を神として捉え直し、それとの絶対的関係において自分を規定できないものだろうか。かつて日本でも「お天道様が見ている」とよく言われたものだ。お天道様に申し訳ないことはやらないと考えて自分の行動を抑制したものだ。お天道様は自然崇拝の一つの形態と考え、それを神に見立てて、契約を結び、自由の身となって人生を切り拓いていくのだ。

 パワースポットや聖地巡礼が見直されている。それが自然崇拝へと進み、新しい「神」の発見へとつながっていけば面白い。ただし、そこには悪魔もあなたを狙っている。自然崇拝の顔をした新興宗教があなたの心だけでなく、財産も狙っている。金太郎飴のような人生を嫌い、自分らしい意義のある独自の道を歩もうと思った瞬間、悪魔が近づき耳元で甘い言葉を囁いてくるであろう。それは振り込め詐欺よりも恐ろしい。

 渡る世間は鬼ばかりである。しかし、じつは世間は楽しいことで溢れかえっている。この世は天国でもある。それを見極められるかどうかで人生が決まるのだが。

(2017年9月24日、寺岡伸章)
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船出浮き

 地元八代に「船出浮き」という漁師によるイベントがある。小さい漁船を少人数で貸し切って、八代海(不知火海とも呼ぶ)に出航し、前日に仕掛けた網にかかった渡り蟹を引き挙げるのである。観光客は見ているだけなのだが、どれだけ大きい蟹がかかっているかと胸を膨らませるだけでも楽しい。

 そのあと、八代海に浮かぶ無人島に上陸し、漁師さんが作ってくれている料理を召し上がることになる。魚づくしだ。
 ヒラメの刺身、茹でた渡り蟹、イカの姿焼き、魚肉のハンバーガー、イカ飯、煮魚、南蛮漬け、エビの塩焼き、エビ天ぷら、エビの味噌汁などが出された。定員5名では到底食べられない。15人前にくらいあるほど大量の料理だ。
 網で獲れた渡り蟹やヒラメも持参した保冷パックに入れていただいた。当然、持ち帰りになるのだが、自宅で毎食茹でた渡り蟹を食べても2、3日かかった。私は蟹が大好物なのだが、食べ過ぎてお腹を壊しても、食べ続けたのだから我ながら呆れてしまう。

 持ち帰った食べきれそうもない魚料理は近所にお裾分けすることにした。すると、各家からお返しとして、苦瓜、スイカ、キュウリ、カボチャ、お菓子などをいただいた。魚介類が野菜に化けてしまった格好になる。まさに、物々交換だ。原始的な経済活動なのだが、なんだかほのぼのとして嬉しい。

 田舎の生活は近所との物々交換が楽しみの一つである。モノを交換しつつ、気持ちや配慮も交換していることになる。匿名性の人間関係の都会では味わえないものだ。

 また、来年も船出浮きに出かけたい。

(2017年9月21日、寺岡伸章)
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小説『歩禅』

 八代市内の宮嶋スポーツ財団の駐車場は約100人のウォーカーで混雑していた。八代から薩摩街道沿いに八女の卑弥呼公園まで100キロの道のりを24時間以内に歩く大会が開かれようとしている。出場者は主催者の山田会長の挨拶もそっちのけで、不安そうに黒い雲ばかり見上げていた。天気予報は90%の降雨と発表され、いつ雨が落ちてきてもおかしくはなかった。
「アキ先生、卑弥呼公園で待ってますけん、必ず完歩して下さい」
 高専の学生たちが応援に駆けつけてきていた。出場を知らせてはいなかったが、どこかから情報を入手したらしかった。
私には大会への明確な目標があった。がんで入院中の綾子叔母さんの無事の退院を祈念することだ。私も最後まで頑張るので、叔母も頑張って元気になって欲しい。子どもに恵まれなかった叔母は幼少の私をわが子のように可愛がってくれた。
 正午のスタート後、臨港線から薩摩街道に入るころには天から雨が落ちて来た。ポンチョを取り出して着るのだが、雨が小降りになると、ポンチョをリュックにしまった。しばらくなると、また雨がひどくなり。そんなことを繰り返しなり、雨は勢いを増していった。天は手加減をしてくれそうもない。
 綾子叔母のためにも簡単に負けるわけにはいかない。暴風雨は私の覚悟を試しているように勢いを増していく。厳しい試練である。私は歩くことに集中した。土砂降りになるほど、わたしの闘争本能に火が付いた。余計なことは何も考えず、人間機関車になるのだ。ざぁざぁと脚を勢いよく前に踏み出す。昨年は苦しさから逃れる方法ばかり考えていたが、今年はへなちょこな私はそこにいなかった。どんな豪雨でも明日になれば消えてしまい、青空が広がる。自然がどんなに私を苛めようが、それに屈しなければ勝利はこちらに転がってくる。敵は苦難から逃れようとする弱い自分だ。辛くても心は燃え盛っている。
 それでも、靴の中は雨水が侵入し、ずぶ濡れになっている。足の裏には肉刺ができ、痛み始めていた。足の甲や下半身の筋肉は悲鳴を上げ、歩きを止めろという信号を発している。痛みは今まで経験したことのないレベルに達してきた。トラックは雨の中でもスピードを緩めず、水たまりの泥水を蹴散らしてウォーカーに浴びせる。屈辱感を覚える。弱い自分はこんなバカなことはもう中止したらどうか、ほとんどの人はリタイアするのだから恥ずかしくはない、ここまで頑張った自分を褒めて上げられよ、そんな気持ちが心から湧いてくる。でも、発想を変えると、病床に横たわる患者は命を天に委ねるしかないが、健康な身体を持つ自分は完歩かリタイアかを判断できる立場にいる。自分で運命を決められるのだ。
 田原坂に差し掛かると、一層風雨は増した。県境では暴風雨になった。大会が中止になっているかどうかさえ分からない状況になった。痛みは背中まで這い上がってきた。もうこんなバカなことは止めよう。叔母の健康を祈ったからと言って、それが通じるとは限らない。自分の身体をこれほど痛めていったい何になるというのだ。後遺症が残ったら、みんなに嗤われるだけだ。私は世界一愚かで、思いあがった人間はなかろうか。
後ろから誰かが歩いて迫ってきた。でも、抜いていく様子はない。私は振り返ってみたが、誰もいない。そんなことが何回か続き続き、はっと気づいた。4年前に亡くなった母なのではないか。苦しんでいる息子を励ますために、後ろから付いてきているのだ。死んでもなお息子を大切に思う気持ちに心が熱くなった。それに比べて、母の生前私はどれほど親孝行をしたのだろうか。自然の試練がどんなに厳しくても、それを上回る応援を母はしてくれているのだ。母に頭を深く垂れた。
 私は歩きに集中した。過去も未来も私には変えることはできない。自分が立ち向かっていけるのは現在しかない。現在にすべてを賭けずして、生きていくことの意味がない。人生は暇つぶしではない。ここでは敗北は絶対あり得ないのだ。あとどれだけ距離が残っているかではなく、今の激痛に耐え、次のエイドステーションまで辿り着くことだけを考えた。一息つけば、エネルギーが身体から湧き出てくるかもしれない。ボランティアが熱いお茶を持ってきて、頑張って下さいと声をかけてくれた。歩いている私たちよりもテントの中で夜通し立ち尽くしている彼らの方が辛いと思った。少なくとも私にはできそうもない。
 深夜3時頃には雨が急に止んだ。やはり、豪雨がどんなに激しくても終わりは確実にやってくるのだ。空が晴れ、月と星が輝き始めた。じつに美しい光景だった。太陽が昇り、大地、川、田畑を形成し始めた。
ついに、ボランティアと学生たちが拍手で迎えるなかをゴールした。100キロウォークの恐ろしさを知らされた2日だった。お前はよくやったと自賛すると感激の涙が溢れた。身体の痛みは消えていた。綾子叔母さん、やったよ。これで無事退院できるよ。願いは必ず通じるから。そう思った。でも、しばらくすると、全身から汗が吹き出し、意識が遠のくのが分かった。自分の身体に何が起こっているのか分からないまま、意識が消えて行った。
 意識が戻ったときは病院のベッドの中だった。低血糖症と告げられた。歩きに集中する余り糖分の補給を怠ったのが原因だった。再び激痛が身体を包み込んでいた。鏡の中の自分の顔色は悪く20歳以上も老け込んでいた。

 半月余りが過ぎ足の疲れも取れたので、ウォーキングを再開した。ゲートボール場から大きな声がかかってきた。
「アキちゃん、どけ行くとね?」
 張りのある声が聞こえると、女性が近くに駆け寄ってきた。綾子おばさんだった。手術を受けて一回り小さくなったものの、顔色はよく、元気に溢れていた。大手術を受けたとも思えなかった。
「アキちゃんは大学の先生で偉かけん、おどんま百姓とは違うたい。武者んよか体育着ば着て、恰好よかね。もっと田舎もんにならんと、付き合いにっかたい」
 相変わらず直截的な話し方だった。本当に元気になってよかった。私の祈りは効き目があり過ぎたのかもかもしれない。これでいいのだ。来年も100キロウォーク大会に出場しようと決心した。(了)

(2017年9月15日、寺岡伸章)
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100キロウォーク完歩のコツ

 100キロウォーク4回、行別100キロ2回経験者の寺岡伸章です。初めて挑戦されるウォーカーに個人的な経験を元にアドバイスしたいと思います。

 まず、完歩するためには準備が9割で、本番でやるべきことは1割くらいしかありません。事前に長距離を歩ける身体を作ることが大事です。その方法は二つ。一か月前に100キロを歩くこと又は毎日3~5万歩歩いても疲れない強靭な身体を作ることです。わたしは過去前者を採用してきましたたが、今回は後者を試そうと思っています。毎日3~5万歩でも疲れない体力であれば、2~3週間あればできるでしょうから今からでも間に合います。要は時間があれば、歩くことです。歩いた距離が長い人ほど本番で楽ができます。

 ただし、本番2~3日前は休養を十分とり、スタートラインには軽い身体で笑顔で立ちましょう。

 本番では、100キロ歩くことに目標を置かず、まず次のチェックポイント又はサービスエリアまで歩くことを念頭に歩きます。それの繰り返しの結果、100キロが完歩できます。

 リタイアの最大の原因である足の肉刺防止のため、五本指ソックスを履いています。3か所のCPで履き替えるため、予備のソックス3足をいつも持参します。靴下は汗で湿っているため、履き替えると気持ちがいいです。天気予報の最高気温が30度を超える場合は、バテテしまいがちですので、日没まで自重して歩きましょう。周囲のウォーカーに惑わされてはいけません。勝負は暗くなってからと自分に言い聞かせます。

 また、最低気温予報が10度を下回るときは、防寒対策は必須です。長袖に加えて、手袋を持参します。結構温まります。

 食料はなるだけ持参します。コンビニのレジで待たされると、イライラしかつ時間の無駄になるからです。少しずつ食べるにつれてリュックが軽くなるのも嬉しいです。

 最後に、100キロウォークの世界は決して甘いものではありません。絶対に完歩するのだという強い意識を持続できるかどうかが分かれ目です。何はともあれ、本番で少しでも楽をしたいのであれば、

 今すぐシューズを履いて、胸を張って歩きましょう。街中よりも自然の中を歩く方が疲れませんよ。さあ、頑張って歩き、笑顔でゴールしましょう。

(2017年9月10日、寺岡伸章)
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