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農業・医療

梅酒作り

 我が家の庭の梅木が青い実を実らせたので、梅酒を作ろうかと思い立った。さっそく、脚立を小屋から取り出して来て、青梅を収穫した。思ったほどにはなっておらず、1.4キロの重量にしかならなかった。少し気落ちしたが、それでも、梅酒の作り方が書かれたものを探し出し、それに従って作業することにした。
 用意するものは、青梅1.5キロ、氷砂糖1.2キロ、35度の焼酎1.8キロ、広口瓶4㍑用とある。広口瓶は母が使っていたのが家にあるので、さっそく氷砂糖と焼酎を買いにスーパーにでかけた。午前中ということもあり、スーパーには男性客はほとんど見かけない。季節がらか、スーパーの入口付近に、氷砂糖と焼酎と青梅が置かれている。私の場合、青海は収穫済みなので、それ以外のものを買って帰宅した。

 まず、広口瓶に氷砂糖と焼酎を入れて、振って氷砂糖を溶かし込もうとしたのだが、氷砂糖は簡単には溶けてくれない。何回も振るのだが、少しずつしか粒は小さくなってくれない。結局、暇を見つけては終日振ったのだが、その日のうちには溶けてなくならなかった。一方、青梅の方は梅の成分が出やすいように、フォークの先で所々穴をあけた。慣れない手つきで、怪我を警戒しながらやったので、少々手が疲れた。

 明日になると、氷砂糖が溶け込んだ焼酎の中に青梅を入れ、密閉することにする。
 参考書によると、5日くらいすると梅の実は浮かんできて、2週間くらいで梅は水分を出してしぼんで梅干のようになるそうだ。1か月でアメ色になり、3か月で飲めるようになると書いてある。取り出した梅の果肉は食べられるが、食べた後の種を割って、中の種核を元の梅酒の瓶に入れておくと、香りも一層しみ出して美味しくなるという。種核に含まれるアミグダリンは薬効が大きいともいう。

 料理はすべて家内任せで来たのだが、こうやって初めて梅酒を作ると、出来栄えが楽しみである。小さいころ、母が作った梅酒を美味しくいただいたが、健康な身体を作るのに大いに役立ったのかもしれない。今更ながら、感謝するしだいだ。
 梅酒は健康に良いとして、ブームの感があるが、地元で摂れるものを食するというのは身体に良いと思う。いたずらに、海外から輸入した食品に飛びつくのはどうかとも思う。
 地元のものは水でも食品でも人でも、その人に合っているのだ。急激なグローバル化は慎まなければならないのではなかろうか。
 自家製の梅酒を飲めるまでの3か月がじつに待ち遠しい。

(2017年5月24日、寺岡伸章)
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偉大なプラセボ効果

 信じる者は救われると言われるが、我々の身体は病気になったとき偽薬を飲まされても、効き目がある場合がある。身体が本物の薬と認識し、それによる効果が現れるのである。不可思議である。偽薬を飲まされているときの脳の中をチェックしてみると、真薬の場合と同じように反応していることが判った。人間はそもそも騙されやすいように作られているのだ。振り込め詐欺を笑うことはできない。

 このようなプラセボ効果があるため、新薬の承認に当たっては新薬が偽薬よりも効果があることを治験で実証しなければならない。一般的に、プラセボ効果は3割の患者で現れると言われているため、その数字を超えなければならないのだ。3割とは凄く高い数字である。我々の身体に備わっているこの高いプラセボ効果を前向きに捉えて、病気を治そうという試みが行われている。逆転の発想である。

 投薬や手術など悪い部位を攻撃したり、切除したりする分析的発想ではがん、心臓病、脳疾患などいわゆる生活循環病は完治できないとして、欧米では代替医療と言われる治療方法が試みられている。東洋の鍼灸やマッサージ、ペット療法などの安心や楽しさなど心の状態を重視する療法である。信頼できる名医に診ていただくだけで、治療効果が高まるとも言われている。鍼灸師の中でには、身体の持つプラセボ効果を治療によって如何に最大限に引き出すかを研究している専門家もいる。赤ん坊の夜泣きや子どもの登校拒否で鍼灸師を訪れる人も少なくない。信頼できる鍼灸師の治療で好転するというのだから、プラセボ効果もバカにはならない。

 医学が未発達な時代には祈祷によって病気を治療していたが、それを非科学的と切り捨てることはできないのだ。イエスの手に触れられて難病が治ったと言われているが、誇張されているとは言え、神聖を高めるための作り話とばかり否定するのはよくないのかもしれない。

 むろん、すべての病気がプラセボ効果で治るとは言えないが、プラセボ効果は人間が心の生き物であることを証明しているのだ。
 規則正しい生活、適正な食事、運動、笑い、家族の愛、医師との信頼関係があれば、病気は近寄ってこないのではなかろうか。それらがうまく行かなくなったとき、投薬や手術を頼りにすればよい。最初から薬に頼っていては、偉大なプラセボ効果の出番を否定してしまいかねない。病気を征服するには、古代と現代の融合が必要なのだ。

(2016年5月31日、寺岡伸章)
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イチゴ狩りとイタリアランチ

 3万6千人のマラソンランナーが都心を駆け巡っている時、わたしたちは茨城県守谷市でイチゴ狩りとイタリアランチでのんびりした時間を過ごしていた。
 守谷市は都心から1時間圏内で、自然もまだ残っているため、日本でもっとも住みやすい自治体の一つにランクされているという。筑波エクスプレス開通で新興住宅街が次々と立ち並び、若い世代が押し寄せて来ている。その結果、相対的にに高齢者の割合が減少し、こちらも日本有数の高齢者率の低い街だと聞いた。若々しく、瑞々しい街という印象だ。

 しかし、鬼怒川と利根川が交流する守谷は洪水が多く、開拓が進んだのは戦後になってからだ。かつて雑木林だった土地は誰も進んで開墾することはなかった。
 戦前、開拓の夢を抱いて満州に渡った山形県の農村の多くの人々がコレラ等で命を落としつつもやっとの思いで帰国した。開拓の夢を捨てきれず、70数戸の農民に提供された土地は茨城県の守谷だった。この土地こそ大八洲(オオヤシマ)開拓地だ。今では乳牛と肉牛が放牧されている長閑で豊かな農地に変貌している。

 この牛舎から供給される生乳から飲むヨーグルトを製造しているのが「ミルク工房もりや」だ。明治乳業などの大手メーカーは牛乳(製造生乳)からヨーグルトを製造してるが、この工場では自然に近い味を出すために生乳から作っている。そのため、価格は少し高くなっている。見学は窓越しだったが、低温殺菌のために慎重になっている様子が窺い知れた。後ほど、ヨーグルトを試飲したが、甘いがスッキリした味だった。

 次に向かったのはサンモリヤの巨大温室ハウスでのイチゴ狩りである。40分間でどれだけでも自分で摘んで食べることができる。大きくて真っ赤に色づいたイチゴを好きなだけ頬張った。甘くて酸っぱいイチゴの味。20分も経つと食べられなくなるほどお腹がいっぱいになった。こんなに沢山イチゴを食べたのは初めてだ。これで、今年はクリスマスがやってくるまで、イチゴは食べなくていいかもしれない。

 バスに戻って、一行は桜坂ビバーチェへと出発した。このお店は地元の高級寿司屋だったが、引き継いだ息子はイタリアでの5年間の料理修行の経験を基に、寿司屋を大幅に改修し、なんとイタリアの雰囲気万点のお店に変貌させてしまった。30代の店長は敷地内で採れたフキノトウの天ぷらを自ら作ってくれた。
 もちろん、サラダ、パスタ、スープ、ピザ、お肉などのイタリア料理も大いに楽しんだ。イチゴで腹いっぱいになっていたが、これらの料理の食欲を止めることはできないほど美味しかった。パスタは地元産のホウレンソウと人参を使った試作品を提供してくれた。わたし的にはもう少しコシが欲しかったのだが。
 
 初春を思わせる日差しを浴びながらも、風は冷たかった。でも、高台のレストランから大八洲(オオヤシマ)開拓地を遠望してのランチは理想に近かった。

 お土産に守谷産の新鮮な無農薬野菜を買って帰った。都市近郊で過ごす週末の時間こそ、至福の一瞬に違いない。また、来年やって来たい。

(2016年2月28日、寺岡伸章)
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食と農で都会人を元気にする!

 1月18日(月)20:30~21:00、TBSラジオ「渋谷和宏 ヒント」という番組で、農商工連携サポートセンター代表の大塚洋一郎さんのインタビューが放送された。
「転換点に立つ日本の農業、今できること」というテーマで経済ジャーナリストの渋谷和宏さんとの対談だった。

 難しいことを考えないで、美味しい日本の食材を食べよう!地方に行こう!ということを、「ちよだいちば」、遊子川リコピンズ、亘理のイチゴなどの事例を中心に話していた。

 大塚さんは経済産業省の審議官の要職を務めていたが、55歳の時に突然官僚を辞めた。農業や食料をテーマにNPO法人を立ち上げようと、7年前にエリートの座を捨て、今までの世界とは異なる人生を歩み始めたのだった。
役人を辞めると言いだしたときに、奥さんは3か月も口を利いてくれなかったという。NPOを立ち上げたと言っても、最初の数年間は報酬のない厳しい状況だったが、それを支えたのは奥さんの仕事だった。

 大塚さんは有能な官僚だったが、霞ヶ関で国家を動かす仕事に生き甲斐を感じつつも、国民の一人ひとりの顔が見えない仕事に疑問も抱いていた。優しい心を持った人なのだ。
 ある日、大塚さんが自民党本部で党国会議員への説明のために待合室で待っていたとき。説明を終えて会議室から退室してきた厚生労働省の役人の顔を見たとき、どす黒い色をしていたという。集中砲火を浴びたのだろう。人間の顔の色ではないと思った。もうこの世界にはおれないと、衝撃を受けた瞬間である。
 官僚は国家を動かすが、それは反面で権力の分配をめぐる苛烈な闘いの場で生き延びていかなければならない。スポットライトの陰では、陰惨な闘いも待ち受けている。

 わたしは大塚さんが代表を務めるNPOの活動に何度も参加している。田植えや稲刈りなどの農業体験、耕作放棄地の開墾、東日本大震災の被災農家の支援、元気のある限界集落の訪問などを体験させてもらった。地方の美味しい食を堪能しながらも、農家の方々から笑顔と元気をいただいた。

 大塚さんは当初、官僚らしい難解な理念を振りかざして、農業と食料で地方と都会を連携させようと「肩に力が入っていた」が、しだいに誰もが共感し、参加しやすいリラックスしたものになっていく。
 地方の美味しいものを食べよう!
 地方に行って、地元の人と交流しよう!
 そこが好きになれば、移住しよう!

 このようなシンプルな考え方は誰もが理解でき、参加しやすい。美味しい食が嫌いな人なんかいない。旨いものを食べれば、笑顔がこぼれる。笑顔は心の交流の出発点である。

 忙しい人、行き詰っている人、生き甲斐が見いだせない人、病気がちな人は地方の美味しい食べ物とお酒をいたき、元気になろう。地方に行って、新鮮な空気と美しい田園で疲れた身体を休めよう。そして、自分の生命の息吹を感じよう。

 食こそ人生の原点である。

(2016年1月20日、寺岡伸章)
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認知症と創造力

 認知症の進行を遅らせる薬はあるが、治療薬はまだ存在しない。認知症に有効と科学的に実証されているのは運動くらいのものだ。特に、歩行、ジョギング、スイムなどの有酸素運動がいいらしい。脳のあちこちをネットワークでつなぎ、活性化するのだ。運動は案外脳を使う行動というわけだ。

 村上春樹は30年以上、毎日1時間のジョギングをやっていると著作で告白している。趣味で書いた小説がヒットし、それまでやっていたジャズバーをたたんで、小説家になろうと決意したとき、作家は体力が必要だと直感したらしい。それまでは(今でもそうだが)、小説家は不健康で、ふしだらで、とくには反社会的生活を送るものという社会の常識とはずいぶん異なる。
 小説家はオリジナリティのある物語を立ち上げるために、比喩的だが、意識の地下深いところまで潜り、いろいろな遭いたくない妖怪と遭遇しなければならないため、タフネスさが必要だという。精神的タフネスさは究極のところ、体力によって支持されるというのが村上春樹の考え方である。
 彼は議論をさらに進め、フィジカル力とスピリチュアル力のバランスを良く保つことがよく生きることであるとまで言い切る。

 NHKは健康長寿社会を作るために、認知症のキャンペーンを始めている。少し早い歩行は簡単で、もっとも効果的な認知症の改善プログラムだと宣伝している。
 さらに、歩行は診断にも役立つ。歩行が遅くなると認知症予備軍だとも語りかける。目安は秒速80センチ以下になると要注意だそうだ。

 わたしは週末になると、近くの荒川沿いに歩いている。それもただ歩くだけでなく、できるだけ速く歩く訓練を行っている。自宅から往復のおよそ11キロの距離を設定し(これくらいが訓練にはちょうどよい)、その距離をできるだけの急ぎ足で出かけて行って、帰ってくるのだ。
5週間やってみたが、効果が現れた。当初1時間58分かかっていたが、昨日は1時間44分まで縮めた。14分の短縮は12%もスピードが上昇したことに値する。時速に直すと、5.68キロから6.46キロまで速くなったことを意味する。このまま訓練を続けると、捕らぬ狸の皮算用だが、今年中には時速7キロを突破し、シーズン明けの来春になるころには、時速7.5キロまで到達するかもしれない。ジョギングの速度と大差ない。

 歩行はジョギングと違い、息が上がるわけでないので、脚の運び方の技術が向上すれば、速く歩けるようになるスポーツだ。根性や体力ではなく、技術や工夫で上達するのである。腰を円滑に回転させながら、上下運動を極力抑えて、できるだけ美しく真っ直ぐ歩く。この技術を身に付ければ、還暦前でも人生で最も速いスピードで歩けるようになる。加齢とともに体力も知力も給料も低下する中で、唯一と言ってもよい希望である。

 わたしは人間が単純にできているせいか、意外にも単純な作業に耐えられる。でも、ほとんどの人は歩行やジョギングのような繰り返しの動作が苦手のようだ。人生はもっと起伏に富み、エキサイティングで、魅惑的な、楽しいことが満ちていると考えているからだろう。

 しかし、独創的な仕事をする科学者や芸術家を思い浮かべればすぐに思い当たるが、それは孤独で慎重な作業の繰り返しに過ぎない。いつも神から啓示が降りてくるわけではけっしてない。創造には気の遠くなる忍耐力が必要だ。村上春樹の話はよく理解できる。
 わたしが超距離歩行が好きだからといって、独創的な仕事に向いているということではない。創造性に溢れる彼らは1000キロや1万キロを一人で歩けるだけの精神力が備わっているのだ。
 ただし、人前でその努力の過程を披露することはない。披露するのは成果だけだ。彼らの血と汗の結晶である成果は、人類の偉大な文化として継承されることになる。その文化に触れるとき、人間は人間性を発揮するようになり、豊かな人生を約束する。

 平凡な人間に必要なことは与えられた仕事を無事こなしつつ、天才達が遺した文化的偉業に触れることではなかろうか。自分は才能があると自惚れる人間でない限り(偉業に自惚れも必要と思うが)、尋常でない努力はやらない方が安全である。人間には生命エネルギーも時間も有限のものしか与えられていないと思うからである。
 せいぜい、100キロウォークくらいまでにしておいた方がよかろう。

(2015年11月16日、寺岡伸章)
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新薬のスクリーニング

 山中伸弥教授のiPS細胞作製の技術は比較的廉価で国内外150社以上の企業(うち国内約90社)にライセンスされている。できるだけ多くの企業に利用してもらうため、対価は最大でも1000万円を超えないように設定されている。
 普通の細胞に4つの遺伝子を挿入するだけで初期化できるようになった業績で、山中教授はノーベル賞に輝いたのだが、今では改良が進んで、血液から30分あまりで数十パーセントの効率で万能細胞を作製できるまでになった。
 それらの細胞は再生医療に使用されるのが脚光を浴びているが、1回の遺伝病の治療に2000万円もの費用がかかる。手術は30分で済むため、費用はあまりかからないが、万能細胞作製や培地など周辺の費用がかなりかかっているのが実情だ。この金額を個人で負担するのは不可能なため、支援者の協力や病院側の都合で治療費が支払われているが、治療費が安くなり、多くの人々が恩恵を被られるようになってもらいたい。

 じつは、iPS細胞が活躍しているのは新薬のスクリーニングである。心毒性や肝毒性をクリアしなければならないが、5分の4の候補薬はこの段階で引っ掛かる。肝細胞は100%海外から輸入されているため、それがストップされれば、日本の製薬会社は困ってしまう。そこで、iPS細胞から心臓や肝臓の細胞を誘導し、それを使ってスクリーニングをしようというわけだ。
 米国は新鮮な心臓や肝臓を得る仕組みが確立されているため、わざわざiPS細胞に頼る必要はないとも言われる。
 4つの遺伝子から誘導される万能細胞であるiPS細胞の性能を上回るものはまだ開発されていないため、iPS細胞市場では日本は実質的に独壇場である。iPS細胞の安全性が保証され、もっと多くの患者さんが救済されるとともに、iPS細胞が新しい市場を開拓することを願う。
 メードインジャパンの技術を大切に育てていきたいものだ。

(2015年10月20日、寺岡伸章)
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