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エネルギー

経営者の水曜日

 東電福島原発事故は徹底した原因究明とともに、責任者の厳重な処罰を行うべきである。文明の災禍を問わないと再び似たような巨大事故が発生する。東電元会長ら3名は最大15.7メートルの津波の可能性があるという報告書を受け取っていたにもかかわらず、防潮堤強化などの安全対策を怠たり、多数の人々を死に追いやったとして、検察審査会は議決し、それを受けて検察は当該者を起訴することに決めた。
 東電の元幹部のみでなく、津波対策を怠った政治家や役人や審議会委員も責任を問われるべきと思う。不作為の罪を見逃してはならない。責任をはっきりさせなければ、忘れたころに同様の事故を引き起こすのは間違いがない。判断すべき立場にいた個人のみでなく、うまく機能しなかったシステム自体を明らかにする必要があると思う。サラリーマン社長のように、地位には就いたが実質的な権限を与えられていなかったという言い訳を認めてはならないのだ。無責任体制の日本病を克服しなければならない。

 台湾のホウハイはシャープを買収することで合意した。シャープ経営者は買収に伴い従業員の雇用継続を強く求めているのは責任者として当然であるが、経営陣の継続も望んでいるのは合点がいかない。シャープが今のような事態に陥ったのは経営者の結果責任であり、退陣するのが筋である。サラリーマン役員の無責任さとひ弱さを感じるのはわたしだけではあるまい。地位の権限は享受するが、責任は果たさないのでは経営者として失格だ。ホウハイの会長の生き様を学ぶべきだろう。

 赤崎水曜日郵便局は今年3月に閉鎖されることが決まった。
 水曜日に起こった物語を書いて郵便局に郵送すれば、見知らぬ人の水曜日の物語が送られてくる。お互いに誰かを知ることはできないが、見えない絆を強く感じることができる。毎週国内外からの200通の手紙が交換されているという。
 わたしは今まで7通ほど手紙を書いた。閉局まで残された水曜日は6回しかない。その間、毎週水曜日の物語を書き続けようと思っている。

 平凡だが少し刺激的な物語の水曜日。
 無事がどんなに幸福かが分かる水曜日。
 ネット時代に心の交流を願う水曜日。
 超スマート社会に肘鉄を喰らわせる心の旅の水曜日。
 効率化ばかりが重視される世間で大切なものを認識させてくれる水曜日。

 東電元幹部とシャープ幹部の水曜日はどんなものだったのだろうか。
 本社で夜遅くまで会社のために働いていたのだろうか。銀座で接待に明け暮れていたのだろうか。それとも激務に耐えるため、ジムで汗を流していたのだろうか。家庭での会話はどんな内容だったのだろうか。社員からは尊敬されていたと思われるが、家族から愛されていたのだろうか。何でも悩みを話せる親友がいたのだろうか。

 わたしは彼らの水曜日の物語を知りたい。メモでもいいから読んでみたい。書くと証拠が残るというのならば、聴かせて欲しいとも思う。こんな願いはやはり夢なのだろうか。
 彼らには平凡な水曜日は人生に敵だったのではないかとも思えてくる。そのような平凡を乗り越えることに優位性を感じていたに違いない。でも、普通の人々の大切にする水曜日の平凡な物語を破壊したのは彼らだった。国民の無事を有事に変貌させてしまったその罪は果てしなく重い。

(2016年2月26日、寺岡伸章)
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なぜ日本人は遅くまで働くのか

 日本人は夜遅くまでよく働くが、それが効果的であるかは別問題である。仕事はある目標のために行うものであり、それ事態が目標ではない。でも、時として日本では遅くまで残って仕事をすることが目標になってしまう。そうなると、みんな頭脳がくたびれ、斬新なアイデアが出せなくなり、挙句の果てに国際競争力が低下する。結果的に、所得が減り、豊かな生活が効率の悪い貧しい生活になってしまう。
 わたしが言いたいのは仕事が形式化・形骸化すると、恐ろしいことになってしまうということだ。

 例を挙げよう。東電福島原発大事故は悲劇だった。防げなかった原因の一つは地震や津波に対する緩い規制だった。電力会社は国の規制が厳しくならないように、陰に陽に国に圧力をかけ続けたのだが、電力会社は自然から思わぬしっぺ返しを受け、経営の危機に追い込まれている。
 国民から見ると、二度とあのような大事故を起こさないようにするために、厳しい規制をしてもらいたいと願っている。そして、原子力規制庁の役人はその要望を背景に、あらゆる細かい規則を設け、それを電力会社に守らせようとしている。個々の規則が細かくなるほど、安全性は高まるという考え方があるからである。電力会社は原発を動かすと年間1000億円の収入が入るため、一刻も早く早く稼働したい。規制庁が新たな設備の設置を要望すれば、それによる安全確保の効果について議論されることなく、1000億円の収入との換算で従順になる。
 しかし、原点になって考えると、重箱の隅を突つくような規制は却って原発のリスクを高めてしまうことになる。全体のリスク管理が必要なのだが、それが議論されず疎かにされるのは恐ろしい。
 もっとも安全なやり方は世界最新鋭の原発を導入することなのだが、リプレイスは国民世論がまだ許さないとして、電力会社は既存の原発を活用しようとする。お隣の中国は最新鋭の原発を導入しているため、安全性に差がつく可能性は高い。日本人の目から見ると、中国人はアバウトでいい加減に思えるが、彼らは本質をしっかり観察しているのである。
 微に入り細に入る規制は必ずしも安全を高めないのだ。木ではなく森を見なくてはいけないのだ。

 科学研究は文化だけでなく、社会の諸問題の解決や経済への波及効果の側面から推進されるべきものだ。研究費も増加させなければならない。日本人がノーベル賞を受賞すると元気が沸くし、産業の国際競争力にも大いに貢献するからである。
 科学研究の推進に必要なことはじつに単純なのだが、30歳代の頭の柔軟で優秀な若手研究者に使途の自由な多額の研究費を与えることに尽きる。これが一番なのだが、日本ではそれが歪められ、なかなか実行されない。

 まず、50歳以上の老教授が自分にも研究費を寄越せと、国や研究資金機関に強く要望する。審査を行うのは若手ではなく、老教授だから、必然的に仲間の世代に重点的に配分されることになる。そこからは新鮮なアイデアは生まれない。

 国は研究予算を確保するために、新しい研究費の制度を創設しようとする。既存の制度の予算枠を単純に拡大するのは、財務省が許してくれないからである。そのため、役人は夜遅くまで霞ヶ関に残り、新しい研究制度の創設に躍起になる。それは研究予算を増やすためであるが、同時に自分の昇進のためでもある。その結果、研究者から見ると、区別のつかない似たような予算制度が乱立することになる。
 制度の差異は霞ヶ関での「整理学」に過ぎないのだが、それが公表されると、それらの研究制度やその背景の考え方は日本国内だけでなく、国際的にも知れ渡ることになる。

 海外の学者はそれを聴くと奇異に感じるらしい。乱立する研究制度の違いは理解できない訳ではないが、それが科学研究にとって本質的と思えないからだ。むしろそれらの多くの研究制度を作るための多大な労力を考慮すると、非生産的と映ってしまう。制度をシンプルにし、予算の使途を柔軟にした方がいいのだが、研究予算の使い方に細かい規則が設けられ、自分で自分の首を縛っていることに当事者は気が付かない。仕事のために仕事つくり、それの執行に疲れ果てているのが実情に近い。

 評価を充実させよという方針が国から出されると、反省が大好きな日本人は資料を山ほど作り、評価に膨大な時間と人材をかけ、予算をカットされないような無難な評価報告書を作成する。評価結果を活かすという本質は忘れさられ、評価漬けにされ、評価のための評価に堕し、研究者の貴重な時間を食い潰している。
 科学研究の推進のためには、研究者を委縮させないためにも評価はできるだけやらないほうがいいのだ。研究者を信頼し、自由に発想させることが肝要である。

 サイエンスの本質を知る冷徹な海外の学者には理解しがいたいことが日本で行われている。彼らは口には出さないが、「ご苦労なことだ。日本人はこんなことのために遅くまで仕事しているのだ。日本は世界から取り残されるのは必然だ。この国には将来はないし、恐れるに足りない。沈没していくだけだ。他山の石としなければならない」と考えて、帰国するに違いない。

 形骸化・形式化した科学研究に未来はない。国も大学も役人も科学者もますます疲れ果てていくことだろう。

(2016年1月30日、寺岡伸章)
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老いは楽し

 今年の冬は暖冬だと言っていたのに、急に凄まじい寒波がやってきた。沖縄では観測史上初めてみぞれが観測されたというから、長期予報というのは当たらないものだ。
 地球温暖化も本当にそうなるのか分からない。そもそも地球は歴史上、気温を上下させてきているし、大気中の二酸化炭素濃度だけで平均気温が決まると言うのは単純すぎはしまいか。気候は変動するものだと割り切ってしまえば、上下する気温に一喜一憂する必要もない。

 地球温暖化は科学的だと言うIPCCからして胡散臭い。この組織はサッチャー首相が炭酸ガスを排出しない原発を推進するために作ったとされているから信用がおけない。化石燃料をこれ以上燃やすと地球環境は大変なことになってしまう。人類の生存が危うくなるから、今の生活レベルを維持したいのならば、原発に頼らざるを得ないという論理を展開している。少しぐらいに放射能は大した影響がないのだから我慢すべきだとしている。
 この論理にどれほどの説得力があるのだろうか。起こらないとされていた大事故は起こった。地球温暖化を刷り込むために、毎日温暖化の現象ばかり茶の間に報道されている。

 今世紀に入って、日本のエネルギー消費量は減少に転じている。毎年1%くらい減っている。人口減少に加えて、省エネや節電が進んだためであるが、もう少し技術革新が進み、国民が努力をすれば、毎年3~4%のエネルギー消費量の減少を達成することは可能である。生活レベルを変えることなく、工夫をすれば、化石燃料の消費量を確実に減らせるのだ。その気になれば、原発事故を心配しない生活もできるのだ。東電原発事故の教訓も生かせるようになるのだ。

 政府はもっと経済成長するように産業界と国民に呼びかけているが、少なくとも金融資産の半分以上を持っている65歳以上の高齢者は聞く耳を持たない。変に経済成長が始まれば、物価が上昇し、自らの生活が厳しくなるのを知っているからだ。
 今のままが一番いい。健康に気を付けていて、毎日新鮮で美味しいものが食べられれば、それに越したことはない。怖い上司もいないし、ノルマもないし、競争もない。満員電車を我慢する必要もない。肩肘を張って、自分を大きく見せかける必要もない。現役は責任があって大変だが、引退しさえすれば老いは楽しいものだ。

 中国人が豊かになってきたからとむきになる必要はない。アジアの盟主でいたいと欲を張るから疲れるのである。相手の経済はまだ青年段階で伸びしろはある。でも、日本は静かに緩やかに山を下っていく段階にある。運命だ。イノベーションを興しさえすれば、まだ成長の余地はあるという元気のある学者がいるが、日本の科学技術のパワーもピークを過ぎ、やはり衰退のフェーズに入っているのである。

 もっと賢くなろう。大人になろう。ゆとりを持とう。自然のなかで生きよう。赴くままに生きよう。時には他人のために汗を流そう。ボランティアもやろう。お金の額で幸せは決まらないのだ。それを実践しようではないか。爆買いは若造の振る舞いだと一刀両断に切り捨てよう。いや、まだ若いのうと、つぶやこう。

 元気のよかったときの身体は取り戻せない。安倍さんは日本の何を取り戻そうとしておられるのか。高度経済成長もバブルもやってこない。日本の未来は財政破綻がなく、人口減少のスピードよりも緩やかにGDPが減少していくのがもっとも理想的な経済ではないのか。隣の住人と比較するから不幸になるように、隣国と比べるから不安になるのだ。大人なら自分を知り、今までの知見と経験に根差して、ゆとりを持って賢く生きていきたいものだ。
 頑張る必要はもうない。競争する必要ももうない。心のエネルギーを消耗する必要ももうない。過労死は無駄死にだ。
 老いらくの恋ではなく、人類が昔からやってきた「老楽の生活」を取り戻そう。

(2016年1月25日、寺岡伸章)
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誠実な人と不誠実な人々

 世の中には誠実な人と不誠実な人々がいる。前者が増えると住みやすい世の中になるが、後者が増えると世の中が乱れ、住み辛くなる。不誠実な人々はなくならないかもしれないが、少なくなって欲しいと切に思う。

 誠実な人。
 ノーベル賞を受賞された大村智先生は、学生時代から研究者としてのエリートコースを歩んでこられたわけではない。その誠実で地道な研究者人生は学び直しから始まった。夜間高校の物理と化学の教師だった大村先生は、昼間油にもまれながらも夜に一生懸命に学ぶ生徒の姿に心を打たれた。自分ももう一度勉強をやり直し、夢である研究者の道を歩みたいと強く心に誓った。
 東京理科大学で修士号を取得すると、母校の山梨大学工学部の助手に採用された。しかし、やりたい仕事ができる環境でないと分かると、伝手を経て北里大学に職を得た。毎朝6時には出勤して研究に取り組んだ。必死に働いていると指導教官の信頼を得て、認められるようになった。さらに、自分の研究能力を向上させるため、米国での武者修行に挑戦する。申し入れた5大学すべてから受入れOKの返事をもらうが、夫人の反対を押し切って給与が安い大学に決定してしまう。誠実な人なのだ。「安いからには、何かある」という大村先生の独特の勘が働いたのだった。北里大学のときとは異なり、客員教授の身分で招聘されたのだった。なんと研究室の運営を任されたのだった。
 大村先生は1年半の米国滞在の間、獅子奮迅の活躍を行い、多くの論文を書いた。北里大学は大村先生の米国での活躍は知れ渡っており、早く教授のポストを用意し大学に迎えようと考えていた。大村先生は米国での研究環境に満足していたが、北里大学には恩があると判断し、北里大学の申し出を受けた。義理人情を大切にする人でもある。帰国する際、米国の大手製薬メーカのメルク社と契約書を締結した。大村先生の研究成果はメルク社が排他的に権利を保持するが、世界標準の特許ロイヤリティを支払うことが書かれていた。このお蔭で、メルク社は北里大学に215億円のロイヤリティを払うことになった。誠実な人には運がついてくる。
 その後も、大村先生は誠実な態度で研究に没頭するばかりでなく、頑張る人を応援し続けた。大村研究室から輩出した教授は31人、博士号取得者は120人になった。
 人類のために研究に勤しみ、優れた成果を挙げた大村先生がノーベル賞を受賞するのはもはや必然的な状況だった。昨年12月、世界中の研究者が大村先生の受賞を祝福した。

 不誠実な人々。
 随分昔の話であるが、南極の昭和基地で風力発電の試作機を作るプロジェクトが進んでいた。でも、試作機を現地に設置するや、秒速4、50メートルのブリザードにあっけなく破壊されてしまった。専門家によってなぜ失敗したのかの検証が行われ、2号機が完成した。今度は猛烈なブリザードに耐えられる改良がなされているということだった。
 わたしは直接開発した技術者ではなく、その上司に今回は大丈夫かと何度も尋ねた。心配は無用という力強い返事をいただいた。念を入れて、その上の部長ににも意見を求めた。今回は失敗しませんという頼もしい回答だった。
 だが、現実は彼らの言う通りにはならなかった。再び、風力発電機はブリザードの前に屈服したのだった。ブリザードの風速も風圧も既知のものである。それに耐えられない風力発電装置を作れないとは情けない。結局のところ、誰も本気になって緻密な計算を行っていなかったことになる。会社の面子をかけて、会社ぐるみで取り組むのではなく、誰か若い未熟な技術者に任せていたのに違いない。上司は自ら確かめようとせず、下から上がってきた報告を鵜呑みにしていたのだ。
 研究開発に対して不誠実な態度だった。失敗分析の報告は上がって来なかった。技術者として誠実な人は現れなかった。

 某私立大学の教授を訪問したときのことだ。
 饒舌な教授は要件が終わると、尋ねてもいないことを勝手に話し始めた。自分は軽水炉の高度化の研究を行っているが、核融合のシステムについても調べたことがあるというのだ。興味を持って乗り出して聞いていると、核融合はどう考えてもシステムとして実用化の目途は立たないというのだ。自分は核融合の専門家に迷惑を掛けてはいけないので、公的な場ではそのような発言はしないとも言う。研究者として誠実な態度とは思えなかった。後味の悪い訪問だった。
 すると、その教授は1年も経たないうちに、原子力開発の要職に就いた。教授が言われたように、核融合に対して批判的な発言を聞くことはない。
 
 原子力発電所は大事故を起こし、将来のエネルギー源が懸念されているが、国民はクリーンな核融合の開発が進めば、石油枯渇などのエネルギー問題は一気に解決すると信じている。有力な政治家もそのように聞かされているし、疑いを抱いていない。
 わたしとしても核融合開発は成功してもらいたいが、この教授のみならず、核融合の専門家の中にも実用化を疑問視する声はある。米国人研究者の中には理論的にも実現は不可能と唱えている者がいて、そのような意見が政府を動かし、米国では核融合開発は本気で行われていない。
 日本では、真実を言うのは子どもっぽいとされ、関係者は口を閉ざしたままである。遠い将来実用化するかどうかは分からないが、今議論を起こして波風を起こすのはタブーとされている。みんなが実用化をひたすら信じ、それに向けて突き進んでいるに過ぎない。流れに竿を差すことは許されない。誰も止めることができないのだ。
 真理に対して誠実に向き合うという態度が欠けているように思われる。誠実の物言いは子ども扱いされ、不誠実がまかり通っている。

 こんな話を聞いていると、誠実な大村先生の偉大さが再認識される。

(2016年1月15日、寺岡伸章)
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あるエリートの死

 東京大学で原子力を学び、科学技術庁(現文部科学省)に入庁し、近い将来位人臣を極めると目されていたエリートが病に倒れて帰らぬ人となった。名前は山野智寛氏で、55歳の若さだった。
役所に入るや否や、体力と歯に衣を着せぬ物言いで、大物ぶりを発揮し、当初より幹部候補として嘱望されていた。若いころから深夜3時に仕事を終わると、それから仲間を連れて飲みに行ったり、マージャンをしに行ったりするのが日常化していた。常に本質を突いた正論だが、無理難題を吹っ掛ける彼には、陰でよく言わない者も居たが、一生懸命に仕事をする部下の面倒見はすこぶる良かった。純粋に仕事が好きで、国のために役に立ちたいと真剣に思っていたのだろう。

「わたしは口は悪いが、心は悪い人間ではありません。わたしに叱られて傷つく人がいるかもしれませんので、今のうちに謝っておきます」
 就任挨拶で、このような意味のことを言っていた。本当に純粋だったのだろう。
 オーバーワークや大酒が寿命を縮めたかどうかは検証のしようがないが、隕石が頭上に落ちたのではないかと思えるくらい速い死だった。

 才能のある山野氏の最後の仕事は、日本原子力研究開発機構の副理事長として、高速増殖炉実験炉「もんじゅ」の再稼働に向けて、点検漏れをしないよう体制を見直すことであった。病室に部下を呼び、指示を出していたというほど仕事に全身全霊で打ち込んでいた能吏だった。

 わたしも一時、その組織にいて、彼の仕事振りを横で観察していた。理事会での発言は常に本質を突いていて、役職員に一目を置かれていた。しかし、その指摘に対して正面から回答を得るのは容易いことではなかった。課題の解決は組織の大きな変更・改革を伴うため、組織は本能的にそれを先延ばしにし、拒否しようとする力学が働く。将来が見通せない、八方ふさがりの状態であるのだ。世の常である。

 ある日、エレベーターの前で彼と出くわしたとき、もんじゅの改革の可能性について尋ねると、「昔と変わらない」と元気なくつぶやいていた。ネガティブな反応だった。
 でも、公式な場では、改革が前進していることを事例を挙げて自信を持って答えていた。その時、心のなかはどうだったのかと推し量ろうとしたが、見通すことはできなかった。小さな前進でも前向きに解釈し、組織に自信と活力をもたらそうとしていたのかもしれない。

 わたしはもんじゅ改革については、まったく別の視点から考えていた。原点に返り、もんじゅという名前を変えるべきだと思った。もんじゅは、人間は文殊菩薩の知恵にあずかって核物質というモンスターを抑え込めるという発想に基づいている。そこには人間の理性主義が流れていて、謙虚さではなく傲慢さが漂う。

 人間の世界と宗教の世界は別である。人間は合理的・科学的な知恵で人類の可能性を切り拓いていくべきだが、神仏の世界に対してはそれを畏れ、敬うという謙虚な姿勢で対処しなければならないと思う。神仏には素直に手を合わせるべきなのである。
 人智は有限であり、自ずから限界があるのだ。先端科学の施設に宗教界の名前を借用するのはどうかと思う。

 ある日、理事長との対話集会が開かれるというので、職員が集められた。300名位いたであろうか。わたしは、質疑応答の時間を利用して、もんじゅの改革の真っ先に行うのは名前を変えることではないでしょうかと理事長に尋ねた。名前を変更するとして、全職員や全国民に新しい名前を募集し、ゼロからその施設の必要性まで含めて議論すべきではないかという趣旨だった。天上と地上の世界は峻別されるべきなのである。
 理事長は名前には歴史的重みがあり、軽々には論じることができないという趣旨の回答を述べた。そして、理事長は個人的なコメントとしながらも、神仏は恭しく拝んでおくべき存在であると付け加えた。

 組織は危機的な状況に陥っても、どうにかなるのではないかという根拠のない楽観主義に覆われ、抜本的な改革が行われないで時間だけが過ぎていく。どうしようもない無力感が組織を包み込んでいるように思われた。

 田中俊一原子力規制委員会委員長は、もんじゅの点検漏れ対応はこの組織では実現できないとして、文科大臣に対して、半年以内に別の組織を考えるように指示を出した。高速増殖炉技術の完成度について疑問を抱いている田中氏の考えが根っこにあるのかもしれない。軽水炉に人材と予算を集中すべきという考えのようにも思われる。

 日本のエネルギー消費量は今世紀に入り、横ばいを続け、近年では減少に転じている。人口が減少し、モノが飽和する成熟社会では、必然的な状態である。一方で、地球温暖化の予測が非常に悲観的である中で、二酸化炭素排出量を削減するのは人類の生存を掛けた任務になっている。
 低炭素社会モデルの実現に向けて検討している専門家は、2050年までには自然エネルギーの開発と省エネ技術の導入により、日本はエネルギー自給率100%が可能だという予測を立てている。科学者は環境・エネルギー分野で、イノベーションが劇的に進むと言うのだ。
 東電原発過酷事故を経験し、国民世論が分断されているが、自然エネルギーの導入が劇的に進行すれば、国民の安心は確保されるだろう。

 学生時代に原子力を勉強し、原子力政策に命を捧げた一人のエリートは去った。その次に現れるのは、原子力を再生させる人物かもしれないし、別の観点からエネルギーに革命をもたらす科学技術者かもしれない。
 歴史の筋書きを書くのはいったい誰なのか。

安全軽視文化

 東電福島原発過酷事故はなぜ起きたのか。その科学的原因やプロセスは事故現場の検証を待たなければ解明されない点が多いが、行政システムが事故防止のための機能不全に陥っていたことも事実である。政府の役人や諮問機関の学者が重大事故を起こさない仕組を構築していれば、未然に防げたのである。そういう意味では、東電福島原発過酷事故は人災と呼べるものである。

 かつて原子炉の安全審査は科学技術庁が担っていたが、原子力船むつの放射線漏れを契機に安全審査体系が見直され、1978年に原子力委員会から原子力安全委員会を独立させ、原子力事業者の申請を受けて所管官庁(発電炉は通産省、研究炉と核燃料サイクルは科技庁)が審査し、さらに原子力安全委員会が二次審査をする仕組になった。
 科技庁はむつの事故の責任を取らされる形で、発電炉の審査権を失ったが、原子力安全委員会の事務局として二次審査に関与するようになった。日本は二度の審査を行うので安全は十分確保されるという建前を前に出しつつ、科技庁と通産省の権限争いでは二重審査という形で権限の分与を行った。つまり、役所的な取引だった。
 二重審査は聞こえはいいが、審査にあたる専門家が2回の審査で重複していたり、原子力安全委員会に説明するのが原子力に精通していない役人だったりして、安全確保に向けてうまく機能せず、形骸化していた面も否定できない。

 スリーマイル島、チェルノブイリと2度の過酷事故を受けて、世界はそれの対策に向けて動き出した。IAEAは1996年、重大事故が発生した場合その影響を最小限に抑える措置を提言したが、日本ではそのような事故は起こらないとして無視し続けた。審査に隠然とした影響力を持っていた電力会社が反対していたのだった。今でも原子力規制委員会は住民の避難計画に関与することに及び腰である。米原子力規制委員会が避難計画を原発稼働の前提条件にしているのと随分異なる。敏感で複雑で面倒な問題に立ち入らないのが日本の行政機関の体質だと批判する学者もいる。

 また、2001年、中央省庁再編成で、経産省に原子力安全・保安院が設置されると同時に、原子力安全委員会は諮問機関という位置に落とされた。権限が大幅に縮小されたのだった。つまり、2回の審査という日本の特徴も形骸化された。

 さらに、米国は2000年の米国同時テロを教訓に、全電源喪失への対応を原子力事業者に要求し、他国も対応したが、日本は策を講じなかった。

 このような原子力の安全確保体制や政策の歴史をみると、日本だけが安全を過信し、特異的で「ガラパゴス化」していた。安全確保を抜本的に改革するには相当なエネルギーと時間を要し、1~2年で人事異動がやってくる役所の体質では、誰も大所高所から安全問題を本気で思考する者がいなかったと言うべきだろう。

 驕ったり、安全を軽視したりすれば、惨劇が待っている。地震大国に再び惨劇がやってこないとも限らない。誰が責任を担うのだろうか。

(2015年11月8日、寺岡伸章)
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