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サンティアゴ巡礼

スペイン巡礼紀行文(2018年5月30日)

5月30日 Santiago滞在

 昨日午後7時30分から始まったミサに出席した。似たような儀礼の繰り返しなのだから出席したいという強い意志があった訳ではないが、自然と足が向いたのだった。ボタフメイロが見られると余り期待していなかったが、セレモニーが終わると会場がザワザワし始め、大きなボタフメイロに香が炊かれスイングが始まった。運がいい。

 中世の巡礼者は現代と比べものにならないくらい体臭が酷く、その臭いを消すために開始されたのだが、今では観光客集めの目玉となっているようだった。イベントは10分たらずで終了するが、静的なセレモニーがボタフメイロの躍動によって破られ、雰囲気が一変した。感動的だった。

 このミサの会場でも、ドイツ人男性とスペイン人男性の巡礼者と遭遇し、力強いハグをして健闘を称え会った。昼食会場で出会ったスペイン人女性は目に涙を浮かべていた。敬虔なカソリックの信者なのかもしれない。

 街のレストランで夕食を1人で終えて、世界文化遺産に登録されている街を散歩しながら宿泊地のパラドールの前まで戻ってきた。隣の大聖堂の前の広場から賑やかな音楽と歓声が聞こえてきた。何だろうと思い近寄ってみると、数人のスペイン人が民族衣装を纏い、民族音楽を奏でていて、観光客や巡礼者が取り囲んでいた。
 ここでも予期しない出会いがあった。オランダ人のナンとの再会だ。明日帰国すると言っていたので会うとすると今日しかなかったのだ。

 ナンも驚き、ハグをして再会を悦びあった。今日何回目のハグだろうか。音楽に合わせて、見よう見まねで2人でジルバを踊り、バカみたいに笑いあった。ナンが私の年齢を聞いてきたので、正直に答えると、「私と同じ」と返事がかえってきた。訳も分からず、またハグをした。童心に戻っているため、何にでも感動するのだ。

 ナンは明日の早朝バスで、巡礼出発地点の900km離れたイルンへと向かう。彼女は「この5週間見てきた風景を思い出しながら1日のバス旅行を楽しむ」と言う。私は「今まで会ったオープンマインドな素晴らしい巡礼者達のことも思い出しながらね」と付け加える。ナンは大きく首肯く。
 彼女は明後日には、イルンに置いてきた自家用車に乗って、15時間かけて1500km離れたオランダの実家に戻ると言う。非常にエネルギッシュだ。そして、医者の仕事に復帰する。彼女はいつかオランダにも来てねと言ってくれて、私は次回は美しい日本の四国お遍路を歩きましょうと応じた。メールを交換し、別れて別々の方向に歩いた。

 北の道の巡礼者はほとんど50歳代後半から70歳代前半の元気な人々だった。みんな退職前後の同世代のため、言葉以上にお互いの心情が理解できたと思っている。
 人生にとって本当に大切なものは何か、言葉にすると、ありきたりのことになってしまうが、みんなそれをしっかり心に刻んで生きている。思いは同じだ。

 60歳代、70歳代さらには80歳代も人生の黄金期である。

 もう現役時代のように嫌なことや、自分に合わないことをやる必要はないし、見栄を張って自分を大きく見せたり、意地を張って能力を誇示したりする必要なんてまったくない。自分の好きなことをやって、自分の波長に合う友達と深いお付き合いをしていけばいいのだ。人生のもっとも輝かしく、かつそれを完成させるべき時代なのだ。

 サンティアゴ巡礼は素晴らしい舞台装置である。ヤコブ様に心からお礼を言いたい。

 

 巡礼の旅はこれで終了ではない。90キロ離れた大西洋の街まで歩く巡礼がまだ残されている。今日は休養日として、明日から3日かけて歩くことにしている。

 バスタブの付いている高級ホテルに泊まったのだからと思い、朝食を腹一杯食べ、そして朝風呂にも入った。今までシャワーばかり浴びていたので、足の指の間など色々なところにアカがたまっていたようだった。汚れが落ちると、気分も明るくなる。

 フロントでチェックアウト直前の正午前に支払いを終えて、少し郊外にあるペンションに向かった。宿泊ホテルの変更である。
 この辺りかなと思ったところで、1歳くらいの女の子を抱っこしている男性に道をスペイン語で聞いた。やり取りすると、まったく違う方角に歩いてきていることが判明した。

 男性は「クルマでホテルまで送ってやるから1分待っていろ。この子を家に預けてくる」と言うのだ。私は突然の申し出に戸惑った。安全上昼間でも見知らぬ人のクルマに乗るのは避けたかった。でも、サンティアゴ特有の雨も降っているし、悪い人には見えそうにもない。ここは成り行きに任せることにした。

 彼のクルマはスペインではまだ少ないトヨタだった。彼はトヨタをべた褒めする。そうか、日本贔屓だから私に親切にしてくれたのかもしれないと思った。トヨタに感謝しなければならない。

 トヨタのクルマは2km走ってペンションの前に停まった。丁寧にお礼を言って、描いていた水彩画を1枚差し上げた。私からできることはこれくらいしかなかった。サンティアゴの街はユネスコの世界遺産にも登録されていて、住民はそれを非常に誇りにしているが、それでなくてもガリシアの人々は親切なのだ。

 ペンションのバルコニー付きの部屋はパラドールの3分の1の値段しかしないが、バスタブがないことを除くと、パラドールの部屋よりも贅沢に作られていた。部屋に飾ってある絵画もパラドールのものより私の趣味に合っている。

 パラドールの悪口を言うわけではないが、部屋の鍵が旧式のため、数分格闘したが開けるコツが分からず、結局広い中庭を通ってレセプションまで窮状を訴えに行ったのだった。やはり、私には5つ星ホテルは正に合っていないということだろう。もうそこには宿泊しない。

 ペンションではウェルカムドリンク付きで温かく迎えられた。中庭も気に入ったので、さっそく写真を撮って、上品なキッチンで1枚絵を描いてレセプションの女性に差し上げた。

「綺麗だわ」とスペイン語で言って、喜んで受け取ってくれた。「またこのペンションに来てください。その時にはこの絵画をメインホールに飾っておきますから」と言ってくれた。

 明日からは大西洋の見える地の果ての街を目指す。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月29日)

5月29日 Lavacolla/Santiago 10km 20000歩

 今朝、ガリシア地方特有の雨が降っていたのだが、私が午前7時にアルベルゲを去る時にはほとんどの巡礼者は出発していた。その時、なぜだか分からなかった。

 道中、同じアルベルゲで宿泊していた韓国人男性2人組のチョウとソンが追い付いて来ると、チョーが「韓国人女性は肉体的にも精神的にも強くアズマと呼ばれている。私にアズマを紹介するので、代わりに日本人女性を紹介しろ。世界の平和のためには相互理解が必要だ」などとアホな話をしてきた。58歳のチョーはシンガポールの韓国系企業に勤務しているので、流暢な英語を話せた。

 今日歩く距離は10kmに過ぎないので2時間で到着するはずだ。心が躍りつい早歩きとなる。そして、旧市街に入って大聖堂を目指し、午前9時過ぎについに目的地に到着した。

 大聖堂は一部工事中だったが、ゴシック様式の尖塔を天に向けて突き出していて堂々としている。我々巡礼者を温かく迎えてくれていると思った。

 ここまで900km近くも歩いてきたのだ。今まで会ったフレンドリーな巡礼者や親切な地元の人々のことが思い出され、胸が熱くなった。ついにやって来たのだ。それにしても、大聖堂前の広場には巡礼者が少ない。

 韓国人2人組と慌ただしく記念撮影を撮ると、巡礼事務所に巡礼証明書をもらいに向かった。長蛇の列ができていた。多くの巡礼者が早朝早く出かけた理由が分かった。巡礼者は大聖堂の前での記念撮影もそこそこに巡礼事務所にやって来ているのだった。結局、2時間も待って、やっと巡礼証明書と距離証明書をゲットできたのだった。「2時間立っているより2時間歩いたほうが遥かに楽だ」と巡礼者は口々に言い合った。

 正午から始まった巡礼者祝福のミサは実に厳粛なものだった。さすがに、サンティアゴはバチカン、エルサレムに次ぐカソリック第3の聖地だけのことはある。昨年7月出席した際には、私語が多く余りいい印象を抱いていなかったが、今年は違っていた。

 巡礼者の出身国が紹介された際に、私はハポン(日本)と発音されるのを聞き逃さなかった。やはり、私は実際に遥かな距離を歩き、様々な出会いを経験し、確かにここにいるのだ。映画や夢ではないのだ。

 ミサに出席すると、正直言っていつも居心地の悪さを感じる。私が異教徒であるのが主な理由なのだが、神様が大聖堂の上から我々を見下ろしているように思える。神様は存在しないなどと言おうものなら、バチが当たるようにも感じる。期待していたボタフメイロのスウィングは見られなかった。

 ミサが終わると、5つ星ホテルのパラドールにチェックインし、昼食に向かった。上品なレストランに入ると、以前会ったスペイン人女性とメキシコ人男性に遭遇した。お互いにハグをして健闘を称え会った。仲間に出会えると、やはり元気がでる。

 スペイン女性が私のほうを指して「彼は1泊200ユーロ(実際は250ユーロだが)もするパラドールに泊まっている」とスペイン人女性が言うと、メキシコ人男性は「その額は私の1週間分の予算だ」と言って目が点になった。やはり、パラドールのことは黙っておくべきだったか。

 巡礼者メニューを食べ終えて、大聖堂の前の広場に戻ると、今度は若いドイツ人女性2人組に会った。記念撮影をした。タニヤと同伴の友人だ。彼女達とは同じ日にイルンを出発し、同じ日にサンティアゴに到着したことになる。親しみが深まった。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月28日)

5月28日 Arzua/Lavacolla 30km 43000歩

 昨夜のアルベルゲは1年前にオープンしたばかりのところで、新しくかつオスピタレーロも親切で、非常に満足した。じつはこのアルベルゲはマルタのロバートが真っ先に決めたところなのだが、私は「他のアルベルゲにも当たってみて決める」と言って、町中歩き回ったのだが、結局このアルベルゲが一番良いとして戻って来たのだった。ロバートは満足そうに、「最初から俺が言うとおりにすればいいのだ」と言っていた。

 同室のフロリダから来たという年配の夫婦は上品で、笑顔が素敵で非常に感じのよいカップルだった。歳をとるならこのような夫婦になりたいものだと思った。

 夕食はオスピタレーロに紹介してもらったレストランに1人で行ったのだが、すぐに入って来た巡礼仲間のドイツ人2人とベルギー人1人の4人で一緒に摂った。1人のドイツ人が「今日は絵を描いたか」と私に聞くので、新しい作品を披露すると、もう1人のドイツ人が私に画用紙とボールペンを要求して10分足らずの間にスラスラとガリシア地方特有の建物の絵を描いてしまった。セミプロのようなタッチだった。私よりも強い線で描かれていて存在感はあるが、私の趣味には合わない作風だった。私ならば建物でも自然の一部であるかのように曲がった線や細い線を使って描くのが好きだ。

 食事をしながら、私が「サンティアゴでは5つ星のホテルのパラドールに泊まる」と言うと、ドイツ人が「巡礼者のような嫌な臭いのする者は守衛に追い出されるので、新しい服と靴を買わないといけない」と真顔の振りをして言う。そうかと思うと、今度は「お前は日本の億万長者だ」などと嫌味なことを付け加える。
 私にしてみれば、カミーノの世界を理解するには、5ユーロのアルベルゲに泊まることも必要だが、5つ星ホテルで寛ぐこともあってもいいと思っている。様々な視点から見ないと、カミーノの全体像が見渡せないと思っている。おカネの問題ではなく、心構えの問題なのだと思う。ケチケチしていては、いつまでたっても世界の広さが実感できない。富裕層のホテル生活が楽しいとは限らない。

 そうこうするうちに、同じレストランに集団の客がやってきたのだか、日本人だった。城壁が世界遺産に登録されている町のルーゴから歩き始めたという。サンティアゴまで100kmを超えるので、巡礼証明書が発行されるのだ。彼ら旅行者のほとんどは中高年だが、半数以上は女性だ。どこでも女性は元気で美しい。日本人男性にはもっと海外に飛び立ってもらいたいのだが、やはり日本国内のほうが心地よいのだろうか。殻に籠るのではなく、好奇心を発揮して欲しい。

 すでに帰国したオランダ人のボスが言っていたことを思い出した。彼は「韓国人は英語もスペイン語もほとんどしゃべれなくてもカミーノに大勢やってくる理由が分からない。おそらく何回もトラブルに苦しめられているはずだ」と言っていた。私もそれをうすうす感じていた。若者であれば語学ができなくても好奇心の勢いでカミーノにやってくるかもしれないが、中高年でも話せない韓国人は少なくない。日本人とはバイタリティーや精神構造がずいぶん違っているのだろうか。ただ、言葉が出来なくて、どうやって友達を作るのだろうか。カミーノの神様の助けはそこまで及んでいるのだろうか。

 今日から2日間はフランス人の道をサンティアゴまで歩くことになる。北の道と違って、フランス人の道を歩いている巡礼者は、カラフルでお洒落に見える。
 残り40kmとなったためか、みんな笑顔で、しかも足取りが軽い。思いはみんな同じだ。途中で、スペイン人の年配の女性2人組に会った。2日前に道を間違えて想定外の32kmを歩くはめになった時、お互いに愚痴をこぼした仲間である。記念にと写真を撮らせてもらった。

 つまらない比較論をする。自分と他の巡礼者の比較だ。

 まず巡礼者の基本である脚力では、日頃鍛えているため私はまったく問題がなかった。多くの巡礼者が何らかの問題を抱えていたのを考えると、誠に幸運だったと思う。

 睡眠力についても、イビキが気にならなかったわけではないが、毎夜2度くらい目が覚めてトイレに行ったが、6から7時間の睡眠は確保できた。昨年のようにアルベルゲが嫌になったことはない。慣れとは恐ろしいものだ。結構ヨーロッパ人はイビキの問題に敏感なことが分かった。

 私の英国力は巡礼者の平均以下だった。ヨーロッパ人には数か国語話せる人がごまんといる。英語の歴史は古ドイツ語の文法をベースとして、現在のオランダやデンマークで話されていたノルド語が大量にもたらされ、さらにフランスから王様を迎えるなどしてフランス語がイギリスに流入してきた。そのため、オランダ人、デンマーク人、スウェーデン人、ドイツ人は英語を母国語のように操る巡礼者が大半だった。やはり英語力は英米に近いほど高く、距離が離れるほど下手になるという法則は生きているようだ。日本人には大きなハンディキャップがあるが、たゆまぬ努力が必要だ。来年はもっとスムーズな会話をやってのけたいものだ。2ランクのレベルアップが必要だろう。

 食事力は体格に比例する。いつも私が一番遅かった。平均以下だ。しかし、アルコールの強さでは負けていなかったように思える。酒力は一応合格だろう。

 明日以降いよいよサンティアゴに到着する。今夜は大聖堂から10km離れた村に宿を取った。明日が待ち遠しい。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月27日)

5月27日 Sobrado/Arzua 22km 37000歩

 昨夜の午後7時から宿泊した修道院のミサにオブザーバーとして出席した。今回のカミーノの旅では初めての経験だ。厳かな雰囲気のなかでセレモニーが進行していった。朗読と讃美歌はラテン語で、スピーチはスペイン語のようだった。スペイン人は学校でラテン語を学ぶと言うが、実際に話せる人は少ない。修道院や教会の公式の言語として、ラテン語がまだ使われているのだ。ラテン語が話せるとカッコいいと思う。来年までに少し勉強して簡単な話くらいできるようになりたいが、どうなることやら。

 それにしても、中世には人々はみんな神様の存在を信じ、巨万の富が教会に集中していた。そのため、どんな田舎に行っても立派な教会が村の中央で聳えている。その後、カトリック教会は腐敗、堕落したため、宗教改革が起きた。ルターは信念の人ではなかったようだが、「聖書に戻れ」と言ったところ、社会が動き出した。彼も驚いたに違いない。そして、人間性に回帰するルネッサンスが起き、産業革命を迎え、現代へと繋がっていく。

 現代人は神様を信じず、もっぱらマネーとサイエンスを信じている。それ自体を非難しようとは思わない。私が不思議に思うのは、人間は神様を信じたかと思うと、時代が変われば、簡単に神様を捨てられる柔軟性だ。どうしてこんなことができるのだろうか。僅か数百年の間に、人間の精神世界が様変わりしたのだ。人間歴史は人間の発展ために神を創造し、必要がなくなればそれを捨て去ってきたのか。

 仮に、人間がマネーとサイエンスしか信じない時代が長く続くようであれば、人間の行動も意識もすべて物質の法則に還元されてしまうつまらない存在に堕落してしまうのではないか。そう考える私自体がすでに時代から取り残されているのだろうか。人間は何のために存在するのか。その答えがないとすると、ではどのような状態のときに最も幸福を感じることができるのだろうか。

 やはり、人間は自然界のスピチュアリティに敬意を持ち、人々の善意を信じる魂を抱くかけがえのない存在であると信じたい。唯物論の行きすぎはよくない。

 今日はマルタ人のロバートとずっと駄弁りながら歩いた。印象に残っている話題は、中世の天才画家カラバッジョの絵画がマルタの教会に掲げられていることだ。カラバッジョは、それまで静かでもの悲しかった宗教画に革命を起こした。強烈な光と暗い影を大胆に採用し、人々を生き生きと描き、絵画の歴史を変えてしまった。
 ロバートと話をしていると、ますますカラバッジョの絵画を見るために、マルタに行かなくてはならないという気持ちが強くなった。

 イタリアの南の地中海に浮かぶマルタの産業は観光と金融であるそうだ。ロバートは投資の仕事に携わっていて、当面の投資先はリスクはあっても中国だと断定する。日本企業は高い成長は期待できないが、落ち込みも少ないので安全な投資先と見なしていると言う。

 それにしても、彼は私が以前に話したことをほとんどすべて覚えていた。私が彼の名前を思い出せないでいると、チクリと私を批判した。

 今まで北の道を歩いてきたが、ついにフランス人の道と合流した。巡礼者がぐんと増えた。フランス人の道を歩いて来た巡礼者は小奇麗で、ずいぶんリラックスしているように見える。北の道を歩いてきた巡礼者はみんな「ここは別世界だ」と言い合っている。人混みが好きでない者が多いようだ。

 オビエドから原始の道に入っていったベルギー人男性2人組にも遭遇することができた。2週間ぶりだろうか。これも一種の奇跡のように感じられた。「原始の道の状態はどうだったか」と聞くと、「特に問題はなかった」と想定外の答えが返ってきた。別れた後で雨が降らなかったからかどうかは分からないが、いずれにしても再会できて嬉しい。カミーノでは、いつも小さい奇跡が起きている。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月26日)

5月26日 Baamonde/Sobrado 32km 51000歩

 日本にハグの習慣がないため、最初はタイミングなどが分からなく戸惑ったが、慣れてしまえば普段通りにやれるようになる。
 別れる時、久しぶりに会った時、絵などを贈って喜んでもらった時などにするのだが、ハグは体の接触を通じて相手の心をドーンと受け止め、ますます身近な存在に感じるようになる。心の距離を縮め、仲良くなるには効果はてきめんである。ラテン文化の優れた点だと思う。

 日本の文化は肉体的な接触を避ける傾向があるが、ハグの科学的効果を考えると再考する必要があるように思う。例えば、認知症患者や終末期患者に心の安らぎを与える意味は大きい。人間はどんなに強がりを言っている人でもやはり弱く、寂しい存在である。悪戯っ子を落ち着かせるにも、ママが子どもをしっかり抱いて「これ以上ママを困らせないで」と耳元で囁けば大きな変化が起こるのではなかろうか。恋人同士の関係の質的変化も手をつなぐかどうかがポイントであると思う。肉体的接触は時に言葉以上にものをいうのは普遍的真理のように思える。

 昨夜アルベルゲで、熱心に絵を描いていたら、何人かの人がやって来て、親指を立てたり、アーティストだと言ってくれる。

 私は「定年退職後の1年しかやっていないので、まだビギナーで上手くない」と答えるのだが、そんな謙譲な態度でいいかどうか考え込んでしまった。プロも素人も、巧いも下手も、芸術を愛するという点では余り差がないように思えるが、どうだろうか。それにしても、アーティストという言葉には心を動かされた。自分はこれからずっと芸術を愛するアーティストでありたいと願う。

 今は体力があって長距離を歩けるが、30年後には余り歩けなくなるだろう。その時には、スケッチブックを持って世界中の美しい村に行って、絵を描いてみたいものだ。夜には、Barでワインやビールを飲みながら、地元の人と談笑できればどんなに楽しいことだろうか。それまでに、語学力と絵画力をもっと高めたいものだ。

 今日は15kmくらいの距離に抑えるつもりだったが、分岐点で道の選択を間違えてしまい、近道をして明日行く予定の村まで来てしまった。これで、サンティアゴ到着日が予定より1日早まったことになる。

 これはヤコブ様の取り計らいではないかと思っている。サンティアゴの大聖堂で予期もしなかった人に巡り会うのではないか。そのために、私に間違った道の選択をさせた。お蔭で今日もゆっくりできない日になってしまったが。

 長い間会っていない、韓国人カップルのケンとミー、原始の道に挑んだベルギー人男性2人組、いつも周囲を明るくしていたドイツ人女性のサビーア、あるいは巡礼初日のアルベルゲの私の隣の席で朝食を摂っていたリトアニアのビーダ、最後のカミーノになるだろうと言いながら癌と闘っているフランス人のダニエル、昨日最後の別れをしたドイツ人のナンなどが思い浮かぶ。いったい誰と遭遇するのだろうか。心が躍動する。

 結局、今日は32km歩き、修道院のアルベルゲに入り込んだ。歴史的な価値のありそうな場所だ。こんなところに6ユーロで宿泊できるとは、カトリック教会の底力を感じる。
このアルベルゲで、マルタ人男性のロバート背の高いベルギー人とドイツ人男性2人組と久しぶりの再会を果たす。みんな元気そうだ。今夜は一緒に食事する約束をした。
 サンティアゴ到着日まで、残すところ3日となった。当日どのような心の状態になるのだろうか。平常心か、泣いてしまうのか。まだ、心構えはできていない。今夜は最初の前夜祭になるのだろうか。いずれにしても楽しみである。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月25日)

5月25日 Gontan/Baamonde 40km 62000歩

 昨夜、近くのBarで簡単な夕食を済ませてアルベルゲに戻ると、オスピタレーロから呼び止められた。「私が骨董品に関心があるかどうか」聞いてきたのだ。何のことか最初は話が分からなかったが、よく聞いてみると、だんだん内容が分かってきた。
 真ん丸の眼鏡をかけ、学者の雰囲気があり、英語を流暢に話すオスピタレーロは珍しいと思っていたのだが、しだいに点と線が結びついてきたのだった。
 彼は日本の磁器、陶器、絵画、着物、硯、扇などのコレクターで、なんと2000点も所有しているという。いわゆるジャポニカなのだ。日本の芸術品の美しさに惚れ込んでいるようだった。
 パソコンに入力した所有品の写真をクリックしながら、彼はコレクションの説明をしてくれる。私には価値を判断する能力はないが、「これだけの骨董品を集めるのに相当のおカネがかかっただろう」と聞くと、「この着物は10ユーロだった」と言うので唖然となった。彼が言うには、かつて日本の骨董品がフィリピンに大量に流出していたが、スペインがフィリピンを植民地にした際に、それらがスペインにもたらされたのだった。それらの骨董品は今でもスペイン国内のマーケットで取引されているそうだ。もちろん、証明書や保証書がついている訳ではなく、偽物も含まれていることは重々承知しているとのこと。将来売って金儲けをしようという気持ちはなく、芸術品を観賞しているだけで満足だという。江戸時代のひな人形は退色しているためか、厳しい表情をしていた。このようなひな人形を見るのは初めてのことだった。

 彼は写真をクリックしながら、何度も美しい、素晴らしいという言葉を連発した。私もしだいに魅入ってしまった。日本はすごい文化の国なのだ。西洋人とは美意識が違っているのだろう。私は1か月もスペインを旅行し、こちらの建築様式や絵画に慣れてきていただけに、少し異なる視点でコレクションを見ていたのかも知れない。
 私はまるでキツネにつままれたような気分になった。このような経験を遠い異国の地で経験することになろうとは。

 彼は有田焼、九谷焼などの陶磁器に強い興味があるのだが、それらの特徴を私に教えてもらいたかったようだ。知っていれば、教えてられたが、こちらの方面はまったく知見を持っていないので答えようがなかった。来年スペインにやって来るまで、少し勉強しておかなければならない。

 今朝、オランダ人のナンと最後のお別れをした。もちろんハグ付きで。今後の日程を聞くと、彼女はバスを利用して1日早くサンティアゴに着くため、再会は無理のようだった。私に話しかけるとき、いつも笑顔でいたのがよい印象を残してくれたのだが、最初に私に会ったとき、「あなたはフランス人か?」と聞いてきた理由は謎のままになった。不思議なこともあるものだ。

 今日は40km、60000歩を超える距離を歩いたが、ずっと曇り空で気温も上がらず、かつアップダウンが少なかったため、予想に反して楽だった。

 道中、会った巡礼者は途中の町から歩き初めたというドイツ人女性のみだった。彼女は昨年病気になったが治りその恢復祝いを兼ねて、ヒホンから1人でゆったり歩いているようだった。1日20km以上は歩かないようだ。
 彼女はアルベルゲでは他人のイビキで眠れないため、もっぱら28ユーロ以下のオスタルなどの宿に泊まっているという。友達を作って同室をシェアすることもしないという。

 彼女のリュックの荷物が多いので「テントを張るときもあるのか」と聞くと、「2kgの化粧品を持ち歩いている」と言う。見栄えを気にしているようだ。「ゆっくり歩きながら、自然界の声に耳を傾けたり、全身で感じたりするのが何よりの楽しみだ」と女性は語る。
 話をしながら分かったのだが、彼女は神経質とは言わないまでも、非常に感受性の豊かな女性なのだ。会話の相手に対する細やかな心遣いは心地がよい。
 体育会系のウォーカーが多いカミーノで、珍しい存在だと思った。時間がかかってもいいから、無事にサンティアゴまで行き着いて欲しいものだ。