メルマガ登録

 
2018年1月
« 12月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  
twitter
facebook

サンティアゴ巡礼

徒歩旅行と創造性

〇△□×様

 わざわざメールをいただき、ありがとうございます。スペインの田舎から日本にハガキを送ると2週間もかかるのですね。でも、SNSの時代には貴重な通信手段とも思えます。

 スペイン巡礼中は、南京虫などの虫刺されの被害にわたしは3度、妻は2度遭遇しましたが、人工物のほとんどない大自然の中を歩いているのですから、これも許容範囲だと思います。痒くて眠れなかったことはありませんでしたので。

 味を占めましたので、来年もサンティアゴ巡礼に行こうかと思案中です。一方、妻は留保していますが。わたしは今度はフランスの田舎を狙っており、早速フランス語の勉強を開始しました。でも、発音の難しさはスペイン語やドイツ語に比べると尋常ではな く、頭を抱えています。フランス巡礼の前に、四国のお遍路を回らなくてはなりません。スペインで出会った多くの外国人がお遍路に言及していました。フランス人とアメリカ人のお遍路旅行体験記の本が売れていて、海外では結構有名なようです。まずは、母国の巡礼路を勉強・体験し、余裕をもってフランス巡礼の旅に行きたいものです。お遍路でも予期せぬ楽しい出会いがあるかもしれません。

 サンティアゴ巡礼旅行記は毎日FBに投稿していたのですが、現在その再編集を行っており、原稿用紙100枚分を超えそうな勢いです。今までの人生でもっとも印象に残るものでしたので、完成度の高いものに仕上げたいと意気込んでいます。

 さて、故郷の生活は意外と忙しい です。文芸誌クラブと美術クラブに加盟させていただいたのですが、頻繁に作品の提出を求められ、何を描こうかと堅くなった頭を捻っています。でも、苦しみつつも創造する喜びは格別です。今後の人生は、徒歩旅行と創造性発揮をキーワードに生きていきたいです。とことん追及していきたいと思っています。

では、いつの日かお会いし、楽しい会話をしましょう。

(2017年9月20日、寺岡伸章)
12345 (1 投票, 平均値/最大値: 5.00 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

行橋別府100キロウォーク大会

100キロウォーク愛好家の皆様

 お元気ですか。
 10月7~8日開催の行橋別府100キロウォーク大会の申し込みが始まりました。
 わたしはPCでうまく登録できなかったので、今日郵送で申し込みます。当選確率を高めるために、参加コメントはしっかり書きましょう。
 今年4月の糸島110キロ、5月の佐世保島原105キロに参加したのですが、100キロ地点で目標の18時間切りはできませんでした。10月の行橋別府100キロで目標を達成するためには、1足腰の鍛錬、2筋トレ、3フォーム改善が必要と痛感。
 1のために、明日から北スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂までの世界遺産の道800キロを歩く巡礼の旅に出発します。毎日8キロのリュックを背負って、20~25キロの古代・中世の道を40日間歩くことになります。足腰鍛錬に加えて、スペイン料理とワインを堪能しつつも、世界各地からやってくる巡礼者ともダベッテ来ます。行橋別府100キロウォーク大会も宣伝してます。10月7日に元気な笑顔で再会しましょう。

(2017年6月1日、寺岡伸章)
12345 (2 投票, 平均値/最大値: 5.00 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

龍峰山

 スペイン徒歩巡礼出発が3日後に迫った今日、最後の訓練と称して故郷の龍峰山(りゅうほうざん、517メートル)に同行者の家内と登った。小学6年生のときに1度だけ登ったことがあるからじつに50年くらい前のことになる。登山道は再整備され、当時の記憶はどこにも発見することができなかったが、それでも見晴らし台から眺める故郷の街は美しかった。自分を育ててくれた故郷と自然と人々に感謝したい。感謝すれば、心の余裕が生まれてきて、人に優しくしようという気持ちが湧き出て来る。

 本番の徒歩巡礼では、8キロのリュックを担ぎ、毎日20~25キロの北スペインの田舎道を歩くことになる。1500メートルの峠越えやメセタと呼ばれる台地上地形が待ち受けている。日中の最高気温は30度を超えるが、早朝は15度前後まで冷え込むと予想される。自然を相手にしているのだから、文句を言えた筋合いではない。自然、神々、人々と混じり合い、対話をしながらの巡礼の旅になるのだ。文明の利便性はしばし忘れて、中世の時代にタイムスリップしよう。

 午前4時40分頃家を出て、山の麓まで3キロを歩き、登り始めたのは午前5時30分前だった。空気が清々しく気持ちが良い。途中の見晴らし台でおにぎりの朝食を済ませて、峠を登り下りしながら、登頂したのは8時5分過ぎだった。勾配が激しい鎖のある足場もあったが、体力に余裕をもって登り切った。リュックの重さもあまり苦にならなかった。100キロウォーキング大会で痛めていた足首、膝はほぼ完治しているようで、万全の状態に近い。

 平日ということもあり、他の登山者にはほとんど出会わなかった。新緑の森に覆われた山を独占できた喜びは格別だった。自然に囲まれているのは、贅沢だ。自然が好きな人でも、冷凍食品、加工食品、添加物入り食品を美味しいと言って、毎日食べている人は少なくない。これらを食していては、自分の身体の中は不健康なのだ。無知なのだ。平地に降り立つと、どっと暑さが襲ってきたのには不快だったが。

 自宅近くのファミリーレストランで早いランチを済ませて、11時に帰宅し、すぐにベッドに潜り込み、2時間強爆睡した。シエスタの予行演習だった。
 家を出てから6時間強が過ぎていたが、万歩計は2万歩を超えていた。北スペインでは、毎日徒歩6時間前後、歩数は3万歩超になるだろう。起床6時前、簡易宿泊所7時前出発、次の宿泊所到着正午~午後2時、シエスタ2時間、就寝10時というリズムになるのだろうか。昼食と夕食はビールまたはワインを飲みながら、スペイン料理を食することになるだろう。同じテーブルには、世界各地からやってきた巡礼たちと談笑している姿が浮かぶ。英語でギャグを言って、みんなを笑わせることができるのだろうか。どれだけみんなに優しくすることができるだろうか。小さいお土産も用意してある。

 心の半分はスペインに飛んでいっているが、今日の龍峰山登山で、体力の方は準備が整った。同行した家内も元気な姿を見せている。備えあれば、憂いなし。
 病気や怪我をせず、盗難にも会わないことをヤコブ様にお祈りしながら歩こう。
 楽しい修行になりそうな予感がしてきた。

(2017年5月30日、寺岡伸章)
12345 (2 投票, 平均値/最大値: 5.00 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

ブエン・カミーノ Buen camino.

 北スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂までの700キロの世界遺産の道を歩く巡礼の旅は数日後に始まる。サンティアゴ・デ・コンポステーラはカソリック教徒にとってバチカン、エルサレムに次ぐ第三の聖地で、この大聖堂にはイエスの直弟子で殉教したヤコブが祀られている。8世紀初頭から15世紀末にかけてイベリア半島は当時文明の進んでいたイスラム勢力の支配下に置かれていたが、カソリックは奪還すべくラコンキスタ運動を展開していた。サンティアゴ・デ・コンポステーラはイスラム勢力の支配下に落ちていなかったが、ヨーロッパ各地のカソリック教徒の大聖堂までの巡礼の旅はラコンキスタ運動の精神的支柱になっていたと容易に想像される。12世紀には年間50万人の信者が大聖堂まで旅行していたと記録に残されている。当時の巡礼旅は厳しく、途上で天災で遭難に合ったり、賊や狼に襲われて命を落とす者も少なくなかった。

 現代は神の存在を信じなくなった世紀だ。物質的には豊かになったが、精神状態は殺伐としている。消費こそ生きがいと見なされている。消費を貪るため、お金を稼ぐことや経済成長が人々の関心事項になっている。終日、大人も子供も年金生活者もお金のことを考え、奴隷になっている感さえある。さらに、死後の世界を本気で信じている者は少なく、死ねば終わりと絶望しつつ、怯えた生活を送っている。

 現代の大聖堂までの巡礼はラコンキスタ時代とは大きく異なる。真に宗教的理由で歩いている者は少なく、別の理由で大聖堂まで辿り着こうとしている。離婚や配偶者の死別で傷ついた心を癒す人、自分とは何かと問い続けながら歩く人、長距離歩くと言う目標達成を設定した人、道中の世界遺産を鑑賞するために歩く人、出会いや交流を求めるために出かける人など様々だ。大聖堂前では苦しかった巡礼の旅を終えて感激のあまり、泣いたり、抱き合っりする人々の姿が見られるという。やっと終わった。もう歩かなくてよい。でも、旅が終わるのは、なんだか寂しい。複雑な気持ちになるのだろうか。良い友達と別れるのは辛いに違いない。

 さて、わたしの巡礼の目標は何なのだろうか。頭を整理するために書き出してみた。
1.100キロウォーキング大会での自己新記録達成のため鍛錬
2.スペイン語、英語の上達
3.世界の友達作り、心のふれあい
4.巡礼記の執筆、FBへの掲載
5.巡礼を題材にした小説書き
6.田舎風景や大聖堂のスケッチ
7.減量、若返り
8.奇蹟の体験
9.異文化体験
10.同行する妻への感謝
 
 これらの中で、8.奇蹟の体験ができるかどうかに関心が集まる。聖地でスピリチュアリティを感じ、神に近づき、何らかの奇蹟が身辺に起こるかどうか楽しみだ。
 それにしても、天空からわたしを見下ろしている絶対神はどのような思いで、わたしの巡礼の旅を捉えているのだろうか。目標はヤコブの大聖堂に到着することではなく、道中にあるのは確かだ。人生最高の旅にしたいものである。
 ブエン・カミーノ。良い巡礼を!

(2017年5月29日、寺岡伸章)
12345 (まだ評価されていません)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

 

中世の復活

後輩たちへ

 みなさん、如何お過ごしでしょうか。私の方は文科省を定年退職して2か月が過ぎようとしていますが、郷里の八代で元気で過ごしています。現役時代との最大の違いは、「毎日が日曜日」のためすべての予定を自分で決めなければならずこの状態から解放される「休日がない」のが最大の苦痛です。考えようによっては、なんとも贅沢な悩みですが。

 田舎暮らしの良さは、「みんな人が良い」ことです。こんなに親切で、気を遣っていただき、大変心地よい生活を送っています。都会のようにガリガリ生きている人をあまり見かけません。視点を変えれば、挑戦や競争が少ないため、人々は内向き志向で、田舎は発展しにくいということかも知れませんが、所得の低さに目をつぶってしまえば、田舎暮らしは捨てたものではありません。若い人の意識も都会志向から変わりつつあるようにも見受けられます。

 近況を具体的に報告します。
 早朝に起きて、自然豊かな散歩道を1時間の歩いた後、NHKの講座でスペイン語と英語を聴き、朝食を済ませます。午前中は、最近始めたデッサンに取り組んだり、読書をしたり、ブログを書いたりと、主に頭を使うことに専念します。デッサンの方は、地域コミュニティセンターの美術クラブに通っていますが、自画像を描いて披露したら、拍手やお褒めの言葉をいただいて、いい気分に浸っています。グッド・スタートとなりました。
 午後はフィットネスクラブで、硬くなった身体をほぐすストレッチ、基礎体力を向上させる筋トレ、リズム感を取り戻すエアロビクス、それに気分転換の水泳を楽しんでいます。帰宅後は至福のシエスタを享受。
 夕食後はテレビを観たりして、ゆっくり過ごす時間帯ですが、時には読書やデッサンに時間を割くこともあります。就寝は午後11時まで。外での会食が激減したため、お小遣いはほとんど減りません。

 趣味の長距離ウォークの方は4月中旬の福岡県糸島三都110キロウォーキング大会(1500人中87位)、5月ゴールデンウォークの長崎県佐世保・島原105キロウォーキング大会(900人中92位)に出場しまずまずの成績を収めました。でも、筋トレとフォームの改善をしないとこれ以上の向上はないと痛感しました。

 まったく初めての作業にも挑戦しています。庭木の剪定は芸術作品の創造と思って楽しみましたが、脚立の上の作業は少々怖かったです。小さい畑にはアシタバの苗を植えましたので、今秋の収穫が楽しみです。庭先に撒いたゴーヤと朝顔の種がどこまで成長するか期待しています。先日は、庭の梅木から採取した青梅を使って、梅酒作りに励みました。地酒は美味しいでしょうね。蝶々、蜂、トカゲ、小鳥が庭で遊んでいるのを眺めていると、自然というのは目の前にあるものなんだと実感させられます。眺めていても飽きませんね。

 今日土曜日はゴルフのラウンドに行き、明日は文芸雑誌の仲間の合評会に出席します。作品に対して色々な意見や感想が飛び出し、大変勉強になりますので、嬉しいです。
 いよいよ6月2日から北スペインの巡礼の旅に家内と出かけるため、最終準備の段階に入りました。800キロの世界遺産の道のりを楽しんで来ようと思っています。北スペインの田舎の風景、ワインと料理、世界の人々との出会い、パワースポットやスピリチュアリティの経験も楽しみです。大都市ではテロが発生したいますが、田舎はターゲットにならないでしょう。もし仮に、バチカン、エルサレムに次ぐ第三のカソリックの聖地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂(聖ヤコブが祀られている)が爆破されることになれば、宗教戦争にまで発展します。ISはそこまではやらないと思います。
 人間がお金の奴隷になり、尊厳を失ってしまっている今、神々を信じていた中世の時代の人々に思いを馳せるのは悪くはないと思っています。物質的に豊かになった近代は人間を貶めているように思えてしかたありません。

 役人としての仕事も楽しかったのですが、世の中にはまったく違った楽しいことも沢山あります。それらを発掘して自ら享受していきたいですね。
 スペイン人の口癖を書いて、筆をおきます。
La vida es maravillosa! 人生は素晴らしい!
 世界は楽しいことで満たされていますよ。みなさんも人生をエンジョイして下さい。

(2017年5月27日、寺岡伸章)
12345 (1 投票, 平均値/最大値: 5.00 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

証言

 文科省の前川前事務次官が加計学園の獣医学部計画を巡り、「総理の意向」の文言が含まれた記録文書が存在していたと記者会見で証言した。松野文科相と文科省は文書の存在を否定しているので、真逆の主張となっている。どちらが本当か。誰が見ても、前川前次官の方だろう。

 前川前次官がなぜこのような証言をしたのかは分からない。薄弱な根拠で規制改革が行われ、公正であるべき行政の在り方が歪められたと述べているが、それが「捨て身」の覚悟で記者会見をした一番の理由と断定することはできないが、正義感の強い人だけに、そのような意向が強く働いたとも推察できる。
 今後の安倍政権の運営にどのような影響が生まれるか予測できないが、この記者会見で前川氏の天下りは完全になくなったと言える。天下り斡旋問題で引責辞任したが、ほとぼりが冷めれば、どこかに再就職先を見つけることができたはずだ。その可能性はなくなった。権力は冷徹である。許さないだろう。

 このような政権や政治家から行政への要請や場合によっては圧力とも受け取られかねないものがあるのが現実である。どの役所も役人もそれは避けられない現実として受け止め、その影響を極小化したり、時によってはそれを利用して組織を大きくしたり、あるいは自分の立身出世に利用したりしている。公正で公平な理想的な行政を行いたいと思っている役人にとっては辛く、耐えられないことになる。一方で、政治家の要請をうまく利用する役人にとってはうま味のあることとなる。政治家と役人は持ちつ持たれつの関係であるからだ。
 そういう意味では、今回の要請は特別のものではないのだが、前川前次官の個人的信念が突き動かし、行動に出たのだと思う。官邸に引責辞任を迫られたことに対する腹いせであるとは思わないし、ましてや安倍政権を揺るがすつもりもないだろう。正義の人なのだ。

 このような政治家と役人の関係はけっしてなくならない。それは民主主義の抱える欠点だからだ。政治家は選挙で勝たなければならないが、それには多くの国民から支持されることがマストだ。国民はマニフェストを読んで、より良い政治を行ってくれそうな候補者を選ぶものという前提があるが、実際は国民は自己の利益に叶う候補者に投票している。投票の見返りとして、政治家に行政に働きかけてもらいたいと考える国民がいてもおかしくはない。政治家の立場からすると、理想的な政治を行いたいと思いつつも、次の選挙に勝たないことには政治家のポストが維持できないので、しだいに国民や知人の要請に耳を傾けることになってしまう。民主主義の制度設計上、避けられないことだ。国民は聖人ではなく、政治家同様に欲望の塊だからだ。

 前川次官は総理の意向が記された文書の取り扱いを巡り、忸怩たる思いだった。そして、記者会見により政治と行政の関係が表面化したのだ。忸怩たる思いで仕事をやっているのは役人だけではあるまい。会社の社員も上司から道理に合わないことをやらされ、悩みながらも家族のためと我慢しながら生きている人も多かろう。多かれ少なかれ、世間で生きると言うのはそういうことなのだ。人々は常に板挟みの状態でもがき苦しんでいる。だからと言って、我慢できなかった前川前次官の証言を批判するつもりは毛頭ない。それは彼の人生の選択である。耐える人やそれを逆手にとって人生を乗り切る人もいるが、おかしい、許せないとして事実を告発する人もいる。どちらが正しい選択とは言い切れない。人生には多様な選択があっていいと思う。

 今年3月まで文科省職員の身分で文科省傘下の法人で働いていたわたしとしては、定年退職後再就職せず、そのような世間とは一線を画し、もっと自由で美しい生き方をすることに決めた。俗世間は煩わしい。
 資本主義は人間をお金の奴隷にしてしまうから嫌いだ。民主主義は政治家を劣化させるから嫌いだ。でも、資本主義も民主主義もなくてはならないシステムなのだ。それが現実だ。
 ただし、その現実を一皮めくると、異なった様相をしたリアリティ(実存)が立ち上がるのではないかと一縷の望みを抱いている。そのヒントは、芸術であり、旅であり、人々の絆である。これらを通じて、世間と関りをもって生活をしつつも、生き甲斐を感じられれば、地球上で生きていける。その可能性に挑戦をしたい。

 スペイン巡礼の旅まで1週間になった。心の半分は日本にない。どのような出来事があり、出会いがあるか不安と期待が入り混じっている。これも人生のダイナミックである。

(2017年5月26日、寺岡伸章)
12345 (3 投票, 平均値/最大値: 5.00 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...