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サンティアゴ巡礼

カミーノはこの世の天国

 昨年は「フランス人の道」を歩き、今年は「北の道」を歩きました。美しい麦畑や海岸の風景、伝統と文化のある教会、各国からやってきたオープンマインドな巡礼者、親切な地元の人々に触れ、私の心は楽しさでいっぱいになりました。まさに、カミーノはこの世で最も天国に近いところです。他の巡礼者も同じようなことを口にしていました。私は定年退職後にカミーノを歩き始めましたが、似たような年齢の巡礼者と言葉以上に心が通じ合い、喜びを噛み締めました。今度は私の国に来て一緒に歩こうと友達になった巡礼者から誘われました。始めたばかりの風景画を描いて手渡したら、喜んでハグをしてきた女性もいました。思わぬ出来事にすっかり眉が下がってしまいました。

 さて、来年は「原始の道」と「ポルトガル人の道」と「英国人の道」の三つの道を歩こうかとすでに気持ちはカミーノに飛んでいます。きっと素晴らしい出会いが待っているでしょう。なお、カミーノ友の会のバッジも大人気でしたので、来年も持参します。

リベラリズムの源泉

 北スペインのカトリック巡礼路をサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂を目指して、何週間もかけて歩く旅は大変楽しい。天然の緑の山々を縫うように歩いたり、涼しい風を運んでくれる光り輝く大西洋を眺めたりすると、心が晴れてくる。

 道中は世界中からやってきたオープンマインドの巡礼者とすぐに友達になることができる。地元の人々も巡礼者に敬意を払ってくれて、しかも親切である。スペイン料理は美味しく、赤ワインは廉価だ。まさに私にとって巡礼路はこの世で最も天国に近い場所だろう。

 他の巡礼者との会話は非常に楽しい。発想の違いが心地よい。でも、内容が深くなっていくに従い、ヨーロッパ文化の知識の決定的な不足を痛感させられる。ギリシア文化を源流とし、キリスト教の世界観を基盤にヨーロッパ学が興り、それらの学問に基づいて現代社会が作られている。科学、医学、社会学、法学、経済学、哲学などを見れば、明らかである。日本のみならず世界の非西欧国の近代化もとりもなおさず西欧化と呼んでも差し支えなかろう。

 現代政治の二大潮流は保守主義とリベラリズムと言ってもよい。一般に保守主義はその国や地域の伝統・文化を護ることを重視する価値観であり、リベラリズムは理性主義や理想主義を基礎とする価値観と信じられている。保守主義はキリスト教、仏教などの宗教を大切と信じる人々や地域の利益を優先する勢力がその支持者であり、リベラリズムはカントやヘーゲルなどの哲学に根差す理性主義を優先する勢力がその支持者であろうか。このような分類の仕方に疑問を投げかける考え方があることを私は最近知った。

 カトリックが支配していた中世ヨーロッパで、マルティン・ルターがローマ教皇の発行する「贖宥状(免罪府)」に疑問を持ち、「聖書に戻れ」と呼び掛けて、宗教改革が起こり、プロテスタントが形成されていく。しかし、聖書の解釈を巡って、プロテスタントは伝統重視の旧プロテスタントと個人の自由な判断や決定を重んじる新プロテスタントに二分されるようになる。後者の新プロテスタントの発想や勢力が現在のリベラリズムの源泉というのだ。大西洋を渡ったピューリタンと呼ばれる人々はその例である。彼らは国家や政治的支配者に依存しようとしないため、教会や大学さえ自分らの力で作ってきた。

 リベラリズムはカントやヘーゲルさらにはマルクスの思想的潮流に依存するという従来の発想はここにはない。それらのどちらが正しいかを判断する能力は私にはないが、非常に面白い発想だと思う。

 一方、日本のリベラリズムはカントやヘーベルらの理性主義に則っているように見える。欧米のリベラリズムの源泉と根本的に捉え方が違うのかもしれない。リベラリズムは日本社会に根着かないと言われて久しいが、もしかしたらこのようなところに原因があるのではなかろうか。政治的信条は頭で考える理性主義ではなく、心の中から生まれる価値観なのだから

スペイン巡礼紀行文(2018年6月3日)

6月3日 Finisterre 

 昨日大西洋に沈む太陽は霧と雨でまったく何も見えなかった。刻々と変化する天気に期待を寄せたのだが、悪い方に転んでしまったようだ。せっかくここまでやってきたのだから、もう一泊してトライしてみたい。

 カミーノは何度も書いてきたように天国のように楽しいところだ。自然も人々も生命力に溢れている。しかし、その陰には巡礼の名前から想像できるように、それとは正反対の死が存在する。デンマーク人のリスベスは今回のカミーノは芸術家だった姉の突然の死がきっかけだったと告白してくれた。すでに書いたが、北の道でもっとも人気のあるアルベルゲのミーティングルームで紀行文を書いていた時、隣の席の男女の会話が耳に入ってきた。若いイスラエル人女性の「なぜカミーノに来たのか」という率直な質問に対して、中高年男性は「妻の死だ」と答えていた。
 アルベルゲの中庭で、私は海を眺めながら一人で夕涼みをしていた時、フランス人のダニエルがやって来て、「これが最後のカミーノになるかもしれない」と何度も呟いた。彼は癌にかかっているのだった。「カミーノは唯一の家族だ」ともダニエルは語った。

「カミーノはひとつの大きな家族」という言葉は何度も何度も聞いた。巡礼者達の思いはひとつなのだ。家族みんなの幸福を願っているのだ。

 この世で幸せに生きるとは与えられた自分の命を大切にし、知り合った人々との絆を温かいものにしていくことに他ならない。

 我々の祖先はアフリカの大地で両足で立ったとき、遠くまで見通せるようになった。あの地平線の向こうにいったい何があるのだろうか。興味が起き、胸が躍ったことだろう。好奇心の始まりだった。

 アフリカの豊かな大地は乾燥化が進み、彼らは食糧を求めてアフリカから脱出したと専門家は言う。エデンの園からの追放だ。しかし、人間は遠くに行ってみたいという好奇心のほうが強かったのではないかと、私は勝手に想像している。

 厳寒のシベリアを渡るうちに、凍傷から守るために、東洋人の鼻は低くなり、脚は短くなった。さらに、人類は氷期にかかわらずベーリング海峡を歩いて渡り、新大陸のアメリカに入って行く。

 イエスも仏陀も歩いて巡礼するなかで悟りを拓き、新しい宗教を興した。散歩が習慣化していた哲学者のカントは近代への道を切り開く学問を築き、西田幾太郎は京都の小路を歩きながら新しい哲学を思いついた。

 そして、カミーノの巡礼者達は美しい自然界のなかを歩いて心を純化させ、多くの掛け替えのない友達を作った。

 人間は歩くことによって進化し、成長してきたのだ。

 さぁ、両足で立って歩き始めよう。明るい未来は懐かしい過去のなかにあるのだ。祖先の感じた興奮を思い出そう。

Ultreia. Animo. Nos vemos. 勇気を持って前に踏み出せ。頑張れ。また会おう。
Alle Menchen werden Bruder. 人類は皆兄弟になる。
Where there is a will, there is a way, the Camino.
God bless you.
And keep on smiling until the next Camino.

 また来年、カミーノの巡礼路でお会いしましょう。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

(了)

スペイン巡礼紀行文(2018年6月2日)

6月2日 Olveiroa/Finisterre 31km 49000歩

 今日は実質的に最後のカミーノとなる。明るくなってすぐにアルベルゲを出発した。小鳥達はいつも以上に私を応援するようにオクターブを上げているように感じた。

 今日歩く距離の半分過ぎた頃から大西洋が臨めるようになった。久しぶりの大西洋である。写真を撮りたくなり、やはり心が踊る。

 道中、フランス人女性、ウクライナ人夫婦、ドイツ人男性と話をする機会があった。フランス人女性とウクライナ人夫婦はポルトガル人の道を歩いてきたというので、ポルトガルの魅力を並び立てる。根が単純な私はますます惹かれていく。フランス人女性に宗教はカトリックかと聞いたとき、「宗教は何も信じない。ナッシング」ときっぱり返事したのには驚かされた。彼女はスペイン語が余り得意でないにもかかわらず、中南米、スペインと3か月も1人で旅行してきた女侍という印象が眉間に刻み込まれている。少し近寄り難い。

 ウクライナ人夫婦は仲の良いおっとりした中年だが、夫は合気道を今でも習っていると言う。日本は経済大国だと思っていることが言葉の端々から感じられた。宗教を聞くと、「オーソドックス」という返事が返ってきた。そうだ東方正教会なのだと世界史を思い出した。ローマ帝国が東西に分離されたのをきっかけにして、西ローマがカトリックを信仰し続け、東ローマでは正教会が起こるのだった。東欧やロシアの人々は正教会の歴史を受け継いでいるのだった。

 ドイツ人男性のニコラスはフランス人の道を僅か26日間で歩いてきたと言う。初日には両足に大きなマメを作ったが、それでも歩き続けたそうだ。毎日50km歩いた時もあったと言う。まさにドイツ人魂である。

「マネーよりも価値のあるものは何か」という私の幼い質問に対して、「それは静かな生活だ。この海のように」と彼は美しく輝く大海を指しながら答えた。

 私達は長い海岸の砂浜を歩き、フィステーラの街に近づいていたのだ。サンティアゴと違って私達は心地よい解放感に浸っていた。大西洋の水は冷たかったが、海は穏やかだった。

 ニコラスは海岸で海水浴をしていた若い女性に「ヌードにならないのか」と冗談を飛ばすと、「決してならない(no way)」ときっぱり答えた。男が考えることは似たようなものだ。

 キリスト教は神の前の平等と隣人愛を説いた点において革命的な宗教だった。当時の王や貴族達がキリスト教を異端視して苛烈に弾圧したのは頷ける。しかし、キリスト教は多くの人々の支持を受け、最終的にはローマ帝国の正式な宗教として認知されるようになった。キリスト教には人類の普遍的な価値観が潜んでいると私は思う。さらに言うと、キリスト教をベースとしたヨーロッパ文明にも普遍性が認められる。

 そのため、ヨーロッパで生まれた学問をベースとした社会制度、経済の仕組みなどが世界中に受け入れられ、各国で広まっていった。インドの哲学も中国の朝貢外交も普遍性を持たないが故に世界に広まることはなかった。

 ヨーロッパ文明の根本は明るく、透明性があり、公平であるため、世界中の人々から受け入れられてきたと私は思う。人間は「明るさ」が好きで、それに弱いのだ。

 一方、日本文明の特徴はどうだろうか。私が思うには、日本人の心の基層には美しい自然に育まれた八百万の神やアニミズム的色彩が今だに生きている。その上層にインドからもたらされた仏教の無情感が被さり、さらに中国から入ってきた仁、孝など社会の規律や秩序を重視する儒教が積み重なり、最後に明治維新ヨーロッパから導入された近代合理主義が乗っかっている。
 日本人は非常に勤勉で、器用であるため、これらアニミズム、仏教、儒教、近代合理主義4つの階層を矛盾することなく受けいれている。さらに言うと、これら4層の相互交流こそが日本人の創造性の源泉だと私は考えている。日本人のユニークさはここにある。

 近代的合理主義にばかり長けている者はバタ臭いとして、日本社会では敬遠され余り尊敬を得ることができない。日本では、これら4つの階層のすべての価値観を体得している者だけが尊敬されるのだ。

 カミーノでもっとも感じたことは、自然界の中に霊感や何か大切なものの存在を感じるという巡礼者達の共通認識である。それは古代人がごく普通に抱いていた畏れと似たものだと思う。そして、偉大な自然界に浸れば、人間は誰にでも優しくなれる。

 ヨーロッパ人と日本人とでは、宗教も言語も文化も歴史も違う。しかし、自然界にスピチュアリティを感じるという点では非常に近い感受性を持っていると思う。もしかすると、これが共通の価値観として認知され、お互いの理解の基盤になれば嬉しく思う。未来に向けて何が起ころうとも、希望はあると信じている。

 フランスとの国境に近いイルンからここまで1000kmも西に向いて歩いてきた。日の出が早くなってもよさそうなものだが、西に移動したため、日の出の時間は変わっていない。頭で考えると当たり前なのだが、日時が進んでいないのではないかという不思議な感覚を感じる。

 さて、昨年見られなかった大西洋に沈む美しい太陽を目にすることができるのだろうか。それは4時間後に判明する。

 明日がこの紀行文の最終日となる。

スペイン巡礼紀行文(2018年6月1日)

6月1日 Negreira/Olveiroa 33km 52000歩

 昨夜は3日ぶりにアルベルゲに泊まった。部屋に体臭が充満し、イビキが響き渡るなかで十分な睡眠を確保するのも巡礼や修行のうちだと思う。巡礼には旅游のような響きがあるが、修行は辛さを我慢するという意味合いが強いように感じられる。しかし、そもそもは似たようなものだったはずだ。イエスも仏陀も空海も人々を幸福にする方法を探求したのだ。

 ふと思ったのだが、早朝フレッシュな空気を吸いながら小鳥のさえずる声を聞くのと、夜アルベルゲで体臭の匂いのするなかで大きなイビキを聞かされるのは、じつは余り差がないのではなかろうか。天国と地獄と考えるから悩みが生まれるのであって、イビキや寝息は生命の息吹きそのものであり、体臭も生き物の活動の証拠と捉えれば大差はないはずだ。でも、今一納得しすることが難しい。両者を歓迎する心構えができたとき、カミーノから卒業できるように思う。まだまだ、私はヤコブ様から卒業証書をもらえそうにない。でも、小鳥のさえずりと巡礼者のイビキの類似性を認知しただけでも、一歩前進ではなかろうかと、妙に自分に優しくなってしまった。

 今朝6時前に起きた時には大雨が降っていたが、7時頃に出発する時には雨は止んでいた。今日は緩やかな牧草地帯を軽快に歩き、アルベルゲに入るや否やまた大雨が降りだした。運はまだ続いているようだ。私はイルンを出発して5週間になるが、大雨に遭遇したことはない。雲の上を歩いているような不思議な感覚に襲われることがある。

 道中、今年の2月に退職したばかりで、3か月のヨーロッパ旅行にやってきた米国人と少し話をした。彼はフランス人の道を歩き、足を傷めてアストルガのホテルで3日休んでやっと回復し、サンティアゴ到着後はフィステーラの道に入ってきたと言う。今後は、アンダルシア地方の海岸で療養し、ポルトガル人の道を歩いて北上し、再びサンティアゴにやってくるそうだ。そして、イタリアに渡り、フィレンツェからローマまで百数十kmの巡礼路を歩き、さらにエルサレムまで足を伸ばすという。最後に、8月5日にバルセロナからカリフォルニアまで11時間飛行機に乗って帰国するという。絵に描いたようなハッピー・リタイアメント・ジャーニーである。スケールが大きく、何とも羨ましい。

 話は急に中世のスペインへと飛ぶ。その頃の魔女裁判はカトリックに改宗してなかったイスラム教徒やユダヤ教徒を炙り出すことが大きな目的だったが、それに加えて、スペインの田舎で土着的な神様を信じていた人々を一神教に改宗させるためでもあった。

 世界中どこでも同じだが、多神教が先に起こり、妥協を許さない後発の一神教に席巻されていく。ヨーロッパも例外でなく、多神教やアニミズムを古くから当然のように信じている人々は少なくなかった。でも、彼らは強制的に排除されていく。
 結局、ヨーロッパから多神教がなくなり、キリスト教一神教に占められていく。ヨーロッパの学者は「多神教は原始的な未発達な段階の宗教であり、一神教という体系化された一神教に取って代わられていくと主張する。宗教も進化するというのだ。
 その後、人間性復興のルネッサンスが起こり、産業革命につながり、現代がやってくる。人々は近代革命のなかで、次第に神を信じなくなる。頼りにするのはマネーとテクノロジーに変わっていく。

 巡礼者は口々にスピチュアリティという言葉を発する。神様は信じないが、スピチュアリティは感じると言うのだ。中世の時代に排除されたものが復活しているように私には感じられる。人間の心は正直なのだ。自分達の遠い祖先が信じていたものが今現代人の心のなかに自然と沸き上がってきているのではなかろうか。もしかしたら、私たちは時代が大きく変化する段階に生きているのかもしれない。

 物資やマネー中心の近代化に対して人々の心が疲れてきているように思える。

 カミーノの巡礼者たちは、現役時代を終え利益集団から自由自在になった時、自分の心の欲するままで自然界の中に身を起き、フレンドリーな他の巡礼者達と付き合うことに意義を見出だしたのだろう。カミーノは疲れた現代人の心の洗濯をしてくれているように思える。このブームは今後とも続くに違いない。ヤコブの記念日が日曜日に当たる次の聖年の2021年には、100万人の巡礼者が押しかけることになるだろう。この年に、私はカミーノを歩いているのだろうか。

 昼食はアルベルゲ付設のレストランで食べたのだが、席が隣り合わせのポルトガル人のグループからコーヒーで割った強い酒をごちそうになった。彼らは大きな集団を形成し、自転車で巡礼している。スペインに来てはじめての経験だ。彼らのほとんどは酔っぱらっているのだが、屈託のない笑い声が気持ちを和らげてくれた。

 部屋に戻ると、今度はポルトガル人の道を歩いてきたというカナダ人女性がベッドから起き上がって来て、ポルトガル人の道の魅力を熱心に語り始めた。ハイテンションの英語だが、どうしてか良く聞き取れる。

 ポルトガル続きの1日だったが、これも何かの縁だ。やはり、来年はポルトガル人の道を歩かなければならないようだ。

スペイン巡礼紀行文(2018年5月31日)

 5月31日 Santiago/Negreira 23km 33000歩

 昨日十分休養を取り、さぁ再出発だとリュックを背負った瞬間、重いのに驚いた。こんな重量のものを今までずっと担いでいたとは信じられない。1日休んだだけで、身体が元に戻ってしまうとは。でも、習慣というのは恐ろしい。荷物が軽く感じるようになるまで30分もかからなかったと思う。今までの巡礼時と同じリュックの重さに戻っていた。

 今日から地の果てのいう意味のフィステーラに向かうのだが、逆向きに歩いている巡礼者も少なくない。大西洋に面するフィステーラから出発し、サンティアゴに着き、さらにフランス人の道や北の道を逆向きに歩くようだった。

 今日もガリシア地方特有の霧雨が降り、小鳥がさえずるなかを快適に歩いた。植生でイルンからずっと気になっているのはユーカリの木だ。ユーカリは成長が速いため、紙の原料のチップを得るために豪州から導入されたのだが、必要でなくなった後も増殖し続けて生態系のフローラを破壊している。増殖し過ぎのユーカリを伐採し、山肌が剥き出しになっているところもあった。自然界が美しいとはいっても、目を凝らせばここにも天国の綻びがある。

 今日は残念ながら知り合いに会うことはなかったが、スペイン人、ドイツ人、イタリア人とそれぞれ話をしながら歩いた。
 ドイツ人男性はポルトガル人の道を強く推薦していた。「ポルトガル人は非常にフレンドリーで、かつ物価が安いのが魅力的だった」と言う。ただし、ポルトガル人とスペイン人は仲が良くないため、ポルトガルではスペイン語を話さず、英語を話したほうが良いとアドバイスを受けた。隣国同士で、仲が悪い国は少なくない。お互いに侵略してきた歴史が心のなかで疼いているためであろう。フランスとドイツ、ポーランドとロシア、インドとパキスタン、日本と韓国など例を挙げればきりがない。

 このドイツ人男性は私と同世代で、一度退職したが年金支給まで5年もあり、それをどうやって乗り切るのかが課題だと語った。私と同じ課題を背負っている。働くべきか生き甲斐優先か。

 そのくせ、彼は次はミュンヘンからスイスのアルプスを越えてベニスまでの六百数十kmを歩く計画だと嬉しそうに語る。さらに、歩きたい道のリストはもっとあるとも付け加える。私は四国お遍路を持ち出し、そのリストの最後に加えるよう言った。
 この男性は私と同種の人間なのだと実感した。恐らく一生涯の友達になれるだろう。背丈も雰囲気も同じようなものであるのも親近感が増した。

 サンティアゴ巡礼は観光地化が急速に進展しているが、元来のカミーノ巡礼の雰囲気を知るためには、ブラジル人作家のパウロ・コエーリョの書いた『星の巡礼』は参考になる。
 著者は実体験を元に書いたと主張しているが、万能の剣を探すためにフランス人の道を歩く旅にでる。途中で、数奇な経験をしながらの厳しい旅となる。結局、宝物は発見できないが、彼は人生にとって大切なものを発見するのだ。カミーノに興味のある人ならば、読んだほうが良い名著の一つと思う。
 ただし、主人公は大きい黒いイヌに襲われ、生死の際を彷徨うはめになるが、私はその場面が忘れられず、イヌに吠えられる度にドギマギしてしまうのは困ったものである。ただし、今日は1度も吠えられなかった。  ガリシアは人もイヌも優しいのだろうか。