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エッセイ・小説

W君へのメール

 〇〇さんの送別会の幹事役お疲れ様です。
 〇〇さんとはメールで少しやり取りしましたが、元気なようでなによりです。彼なりの行き方を模索していると感じました。
 
 私の方は退職から1年半が経過し、環境や価値観の激変にもうまく対処できていると思っています。毎日、ウォーキング、筋トレなどのスポーツ、英語、中国語、スペイン語、ドイツ語の語学の再チャレンジ、美術への傾倒、紀行文やエッセイの執筆、年2回の巡礼徒歩の旅の準備、読書などで明け暮れています。
 水彩画については、八代亜紀絵画コンテストに続いて、今秋地元の最大のコンテスト「八美展」に入選しました。今の実力を十分発揮した絵画になり大変満足しています。さらに、絵葉書の絵描きが面白くなり、友人と会うときにプレゼントとして渡し喜ばれています。絵葉書は人種を問わず、心の交流の手段だと発見し、精神的豊かさに貢献しています。芸術は人に「夢と希望」を与えるものだと信じ、創作活動に励んでいます。ただし、小説・エッセイの執筆が疎かになりがちですが。
 
 サンティアゴ巡礼に関心を持ち始めて、西洋の歴史、文化、キリスト教を再度学習していますが、西洋人が目指してきた理想が垣間見えて、大変面白いです。知識を頭に詰め込んで、来年スペインに行った際に西欧人と議論してみたいものです。
 現役時代は所得を稼ぎ、家庭を養うことが目標でしたが、今は違います。「歩くアーティスト」としての行き方を深化させていきたいと思っています。外国語、絵画、おしゃべりを通じた心の交流の旅を続けます。このような生活の先に何があるのかと不安になることもありますが、この状態自身が私にとって大変重要なのです。
 
 現役時代、中国やタイに持った関心が将来いつか帰ってくるかどうか分かりません。何ものにも束縛されず、自由気ままに生きることが退職者の特権なのでしょう。
 
 〇〇月〇日開催予定の同窓会には出席するつもりです。「夢と希望」を掲げて、「自由と想像力」を大切にして生きていきたいものです。現役生活は大変かと思いますが、自分にとって大切なものは何かを明確にして今後ともご活躍下さい。
 
 余談ですが、局長級の幹部2人が収賄で逮捕されましたが、何が原因かと時折考えます。個人の人格の問題でしょうか、それとも組織文化の問題でしょうか。
 

豊穣な不知火海

「う、うち、は、く、口が、良う、も、もとら、ん。案じ、加え、て聴いて、はいよ。う、海の上、は、ほ、ほん、に、よかった」

 水俣病は経済至上主義による不知火海沿岸住民の生活の侵略であり、ジェノサイドであった。筆舌に尽くしがたい苦しみと恨みを抱いて死んでいった水俣病患者と今なお理不尽な生と戦っている患者の存在は文明病の象徴である。

『苦海浄土』の筆者の石牟礼道子は今年2月亡くなった。詩を書くのが大好きだった彼女は水俣病と出会わなければ、平凡な主婦としてその一生を終えていたであろう。でも、石牟礼が語るように、彼女は語ることのできない死者や患者に捕まって、彼らの目に見えないもの、語り難いものを言葉で表現していった。

 水俣病の全貌はまだ解明されていないが、水俣病は近代化の醜い面を暴き出した。会社は原因が分かっていた排水を海に放出し続けた。行政はなかなか動こうとしなかった。市民は患者を辱め、差別し、忘れようとした。会社が潰れれば、水俣は黄昏の闇になるとチッソを擁護した。

 会社も行政もメディアも患者の病態のみに注視し、その魂には関心が向かない。私たちは群れると真実が見えなくなる。誰もが会社や行政の幹部であったならば、同じ振る舞いをしていたであろう。私たちはシステムの一員として存在しているからだ。何事でも真実を知りたければ、個になる必要がある。孤独を恐れてはならない。

 会社をモンスターにしたのは、私たちが豊かさと便利を求めているがためである。そういう意味では私たちはもう一人のチッソだった。

 患者の一部は激高し、「チッソの社長や幹部、さらにはその家族に工場廃液を飲ませて、水俣病にしてやる。同じ苦しみを味わわせてやる」と叫んだ、それは言ってはならない悪霊の言葉だった。無辜の民をここまで追いやった正体はいったい何なのか。冷静に見れば、社長も凡人で、普通の家族を持っているに過ぎない。けっして悪人ではない。

 患者は当たり前に生きることを閉ざされた。心を通わせて生きることを奪われた。たった一枚の桜の花びらを拾うのが患者の望みだった。苦しみと恨みに心を支配されていても、それでも彼らは「世界は美しい」と石牟礼に語らせた。

 石牟礼は豊穣で、美しい不知火海沿岸の人々を書き続けた。いのちの意味を問い続けた。生命、自然、歴史とのつながりを大切にしようとした。自然や患者とつながっていると感じた瞬間、人は他者に起こった出来事を我が事として考えるようになる。石牟礼が命を懸けた文学の意義はここにあったのではなかろうか。

 ある患者は「許すことにしました」と語る。「人を憎むのは心身によくない。チッソも私たちを蔑んだ人々も許します。全部引き受けます、私たちが」

 この人こそ、来世は観音様か仏様に生まれ変わるに違いない。

 「水俣病患者の存在が水俣を暗くしている」と嗤っていた看護婦たちは中年期になると、手の自由の効かなくなり、水俣被害者手帳を持つ羽目になろうとは想像だにしなかった。現在、水俣市民の50歳以上の半数以上は被害者手帳を持っている。水俣病は終わっていない。

「魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。これより上の栄華のどこにゆけばあろうかい」

 水俣病発生の前の漁師の言葉である。私は水俣病患者のためにも、浄土であるこの世を一瞬たりとも無駄にせず生きていきたい。

 有機水銀を含んだヘドロの海を埋め立てた親水公園に立つと、恋路島の向こうに静かな八代海と天草の島々が見えた。八代海の底ではゆうひらと言う真水が海に栄養を与えていて、「魚湧く海」とも呼ばれている。そこには今でも美しい竜宮城が広がっているに違いない。(了)

バレンタインデー

 今年の冬は記憶にないくらい寒い日々になりました。家のリフォームを控え、冷たい隙間風が容赦なく侵入して来たため、毎日ぶるぶる震えていました。案の定、インフルエンザB型に罹患し、一週間寝込んでしまいました。

 でも、今日は暖かい風が吹き、玄関前の梅の老木は一斉に花を咲かせ、眼の包容になっています。そこで一句。
「花が咲く ぼくの心は いつ咲くの」
 まだ風邪から完全に復帰していない心持ちを表現してみました。

 じつは、今度の日曜日は熊本城マラソン大会にエントリーしているのですが、体調が万全ではなく、かつ絶対的な練習不足のため、参加しても完走できるかどうか心配です。一応、明日30キロを走ってみて、最終判断をしてみたいと考えています。場合によっては、来年に再チャレンジということになるかもしれません。

 今日はヨーロッパの山の水彩画を描いてみました。3日間で6時間の所要時間で一枚の作品が出来るのですから、水彩画は手頃な趣味です。小説などと比べたら遥かに気楽ですね。水彩画は上達が「目に見える」のがいいですね。他人になんと言われようと、満足度を実感できるのがいいです。

 それから、ヨーロッパ放浪の旅に備えて、数か国語のヨーロッパ言語を学習していますが、少しずつ聞き取れるようになっているのが嬉しいです。風邪でベッドに入りながらも、ラジオ語学講座を聴いていたのが奏功したのかもしれません。転んでもタダでは起きない。

 そうそう、今日はバレンタインデーです。妻は買い物に出かけてまだ帰って来ていませんが、どんな美味しいチョコを買ってくるのでしょうか。それとも、ケーキかな。首を長くして、楽しみに待つことにしましょう。

(2018年2月14日、寺岡伸章)
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インフルエンザB型

 インフルエンザに罹患し、水曜日は最悪の状態でした。今日金曜日になり、やっと当日のことを書こうという気になっています。
 今週月曜日に妻とともにインフルエンザに罹り、お互いに感染させないよう家庭内別居の状態が続いています。水曜日が病態のピークで、新聞受けに新聞を取りに行くのさえ億劫でした。

 熱が上がったり下ったりを繰り返し、やる気がしないため、寝床に入っているのですが、発想がドンドン後ろ向きになっていきます。病気が回復し元気になったら、あれをやろうこれをやろうという気持ちさえなくなってしまいました。しまいには、このまま肺炎にでもなって死んでしまったらどうなるのだろうかと想像します。
 通夜の席でみんな私のことをどう言うのだろうか。我が儘で厄介な奴だったと私のことを嗤うのではなかろうか。私の財産は妻や子供たちが勝手に使い込んでしまうのではないか。誰も私の遺骸を前に涙を流さないのではないか。これは最悪で、最低のシナリオ。

 こんな嫌なことばかり寝床の中で考えながら、気晴らしにNHKのBS番組を眺めていました。すると発見したのですが、結構面白い番組が多いですね。美しい自然の神秘の画像、ウナギの受精卵を南太平洋で探し出す学者の苦労、会社のボスが自社の現場に侵入するルポ、歴史再発見のような番組、一風変わった海外旅行番組、スポーツ、欲望資本主義の未来などなど見ごたえのある番組に遭遇しました。
 私は生来、外に出かけるのが好きなタイプですが、家に閉じこもってBS番組だけを観ていても飽きないなと思い直しました。

 なお、病気は回復基調です。落ち込んだ時にも救いの手はあるものです。

(2018年1月31日、寺岡伸章)
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『蜘蛛の糸』その二

 或る日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池の縁を、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のように真っ白で、その真ん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。
 やがて御釈迦様はその池の縁に御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や針の山の景色が、丁度覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。
 するとその地獄の底に、犍陀多と云う男が一人、外の罪人と一緒に蠢いている姿が、御眼に止まりました。この犍陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、或時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこで犍陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命あるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀想だ」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
 御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この犍陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。
 こちらは地獄の底の血の池で、外の罪人と一緒に、浮いたり沈んだりしていた犍陀多でございます。何しろどちらを見ても、真っ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上がっているものがあると思いますと、それは恐ろしい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。ここへ落ちて来る程の人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れ果てて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。
 所が在時の事でございます。何気なく犍陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一筋細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。犍陀多はこれを見ると、思はず手を拍って喜びました。この糸に縋りついて、どこまでも登って行けば、きっと地獄から抜け出して、極楽へ入る事さえ出来ましょう。
 こう思いましたから犍陀多は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐり登り始めました。しばらく登る中に、とうとう犍陀多もくたびれて、先一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下がりながら、遥か下に眼を遣りました。
 すると、一生懸命に登った甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底に何時の間にか隠れて居ります。この分で登って行けば、地獄から抜け出せるかもしれません。所がふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分の登った後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじ登って来るではございませんか。驚いたのと恐ろしいのとで、暫くは唯、莫迦のように大きな口を開いた儘、眼ばかり動かして居りました。この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。もし萬一途中で断れたと致しましたら、肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまはなければなりません。
 そこで犍陀多は登ってくる外の罪人どもに向かって、「この蜘蛛の糸は己のものだぞ、下りろ、下りろ」と大きな声を出して、喚きそうになりました。でも、ふと思い返してみることにしました。己独りでも断れるかもしれないか細い糸なのですから、大勢の人間がぶら下がっても似たようなものだろう。己独り助かっても仕方がない、切れて落ちるときはその時だと観念しました。そうして犍陀多は「お前たちもよくここまで登って来た。もう少しで責苦の地獄から抜け出して、極楽に辿り着けるかもしれない。助け合って登り続けようではないか」と檄を飛ばしました。すると蜘蛛の糸は瞬く間に鋼の綱に変わってしまうではありませんか。罪人たちは歓声を上げて喜びました。そうやって罪人どもは鋼の綱を手繰ってみな極楽まで登り詰めることが出来ました。
 御釈迦様は極楽の蓮池の縁に立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいました。罪人どもが底抜けに明るい顔をして極楽の地に立つのを待つまでもなく、嬉しそうな御顔をなさりながら、又ぶらぶら御歩きになり始めました。そしてこう呟かれました。「わしの役目は終わりを告げた。これで罪人どもは回心し、いなくなってしまった。もはや地獄は要らなくなったので、閉じることにしよう。現世も極楽のような過ごしやすい所となろう」
 蓮の花の金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽はもう夕暮れ近くになったのでございましょう。

(2018年1月25日、寺岡伸章)
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悪くない一日

 今日は木曜日ですが、昨日のことを思い出しながら書いています。
 まず、いつものように早朝6時30分に起床し、NHKラジオで英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、中国語を学習しました。複数の外国語を同時に勉強すると、頭のなかがこんがらかってしまうため、避けた方がいいという人もいますが、果たしてそうでしょうか。実際にやってみないと分かりません。自分を実験台として実験中です。数か月経てばその結果が分かるかもしれません。楽しみです。

 それから朝食を摂り、午前中は水彩画を描きました。花の咲いているヨーロッパの庭園です。花は人間への偉大な贈り物と思います。模写ですが、予想以上の出来栄えに大変満足しています。こうやって集中して描くと、旅情が沸き起こりますね。またヨーロッパの田舎を歩いてみたくなりました。

 午後は、来月のマラソン大会に備えて30キロ走に挑戦しました。冷たい風の吹くなかでの7回目のトライアルでしたが、徐々にタイムが縮まってきています。目標の5時間切りまでもうひと踏ん張りといったところでしょうか。本番まで4週間を切り、身の引き締まる思いです。

 帰宅して、お風呂に入りゆったりした後、ビールを飲みます。まさに、至福のひと時です。苦労して走ったのですから、楽しいことがないと報われません。
 夕食後、1時間睡眠を取ったら頭が冴えてきました。再び、お花の水彩画を描きます。自分としてはまずまずの仕上がりだったのですが、妻に見せると、「いまいちね。次は頑張って」というつれない返事。

 でも、今日は悪くない一日でした。上出来でないが、少しいい、あるいはそんなに悪くない毎日を送っていきたいものです。
 時間のたっぷりある退職者の身にはこのような生き方がピッタリ合っているのでしょうか。

(2018年1月25日、寺岡伸章)
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