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スポーツ・健康

もったいなか箱

 毎朝私がやっていることは、1万歩歩くことと生ごみの処理である。生ごみの処理方法は、もったいなか箱と言われる縦横それぞれ50センチ、80センチくらいの微生物のいる土の箱に家庭で出た生ごみを入れ、土とよくかき混ぜるのだ。土の表面を6等分してあるから、毎日一か所づつ生ごみを捨てると、7日後には元の場所に戻ってくる。そこを掘り返してみると、一週間前に捨てた生ごみはほとんど元の形状をしていない。微生物の分解能力に驚いてしまう。

 もったいなか箱は一石二鳥の役割を担う。一石目は、生ごみを出さず、市の処理負担を軽減すること。二石目は、肥沃な肥料を作ることだ。1年後には優れた肥料が出きるというから今から楽しみである。自宅の猫の額ほどの畑に撒いて、家庭菜園をやってみたいものだ。きっと美味しい野菜や果物ができるに違いない。

 なお、八代市内で230個のもったいなか箱が使われているという。もっと多くのもったいなか箱が普及すれば、市民の意識も高まり、健康も向上するだろう。

 自然の物質循環力をフルに活用し、自然が生む作物を食すれば健康で頑丈な身体を維持できるはずだ。自然が発揮している生命力を精一杯吸収すれば、身体も精神も生き生きである。自然から切り離されたものも概念も本物にはなり得ない。
 これが本当の自然主義思想である。

(2017年10月2日、寺岡伸章)
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青春は美しい

 夏の高校野球の季節がやってきた。
 わたしの母校の八代高校は公立のため、野球はあまり強くなかったが、今年は久々に強いチームに仕上がり、地方大会は観戦を十分楽しませてもらった。準決勝まで勝ち進んだため、3度も球場に足を運んだ。

 思い起こせば、西武ライオンズで活躍し、ソフトバンクの監督も務めた秋山幸二はじつは八代高校出身で、36年前に熊本地方大会の決勝戦で敗れ、甲子園出場を逃したのだった。当時まだ大学生だったわたしは、わざわざ東京から駆け付け、応援に出かけたのを今更のように思い出すことができる。投手で4番バッターだった秋山選手は大物だったのだ。

 八代高校は今年優れた選手が揃い、久々の甲子園出場の機会を得たのだった。わたしが観戦した3試合は勝つことができ、母校の校歌を歌わせてもらった。高校生の青春時代を思い起こし、熱き心に浸った。

 白球を無心に追う球児は逞しく、礼儀正しい。青春ははかないが、じつに美しい。監督の思いのままに動くという点は少し自主性に欠ける面があるかもしれないが、それでも一生懸命に野球に専念する姿は胸を打つ。

 わずか一週間の観戦であったが、母校の高校球児にお礼をいいたい。この経験は長い人生のなかできっと役に立つに違いない。世間は野球のように割り切れるほど単純なものではないが、活躍を期待している。

 八代高校が準決勝で敗れた相手は、甲子園の優勝候補の一角を占める秀学館である。秀学館は元パナソニックの鍛治舎監督を招聘し、強化を図ってきた私立の高校だ。甲子園では過去3期連続でベスト4を達成した強豪チームだ。
 登録選手を見ると、地元八代市出身は1人しかいない。地元で応援がいまいち盛り上がらない原因なのだが、選手たちは八代を第二の故郷と思い、精一杯頑張っている。是非熱心に応援したいものだ。優勝旗を八代に持ち帰ってもらいたい。

 さて、あと1時間で秀岳館の試合が始まる。対戦相手はこれも優勝候補の横浜高校である。全力でぶつかり、いい試合をして欲しい。勝ち負けよりも、力を出し切ることを優先してくれ。猛練習で培った持てる力を出せずに敗れていったスポーツ選手が如何に多いことか。

 頑張れ、秀岳館! 全力を尽くせ! 倒れるまで走れ! 青春は素晴らしい。

(2017年8月11日、寺岡伸章)
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ゴルフは思い通りにならない

 先週、メンバーになっているゴルフのホームコースに行った。早朝にしかも一人でラウンドするのは初めての経験である。天気も良さそうなのでルンルン気分である。ところが、コースは高台にあるため、ゴルフ場に近づくにつれて、霧が出て来た。前は白くなり、視界は数十メートルしかない。これではボールがどちらに飛んだか分からないではないか。突然地獄に突き落とされたような気分になった。予想外のことが起こると、夢でも見ているのかという気持ちになるが、どうも現実であるらしい。

 ゴルフ場は早朝のため、完全セルフサービスである。ゴルフバッグをカートに積み、シューズを履き替え、スコアカードと鉛筆をゲットして、アウトコースに向けて出発である。お客は誰もいない。トップバッターなのか、それともすでに先発組がいるのかさえ分からない。人気はない。ゴルフ場にはわたししかいないらしい。
 1番ホールに到着すると、ドライバーを取り出して素振りを始めた。少し待とうと思ったのだが、霧が晴れる見込みはなさそうな雰囲気だった。大凡のフェアウェイの方向は分かるものの、霧の中を目掛けてボールを打つことには変わりはない。
 何はともあれ、第一球を打った。いい当たりだった。ボールを見ても、どこに飛んだか確認をすることができないので、ヘッドアップしないのが良かったのかもしれない。でも、まっすぐ飛んだのか、途中で曲がったのかの判断はできない。カートに戻って、先を急いだ。
 霧の中を行くしかない。五里霧中なのか、霧中夢中なのか良く分からないと、つまらないことを考えながら前に進んだ。ボールがありそうな適当なところでカートを停めて、アイアンを数本持ってフェアウェイに降りた。近づくと、運よく黄色いボールは容易に見つかった。でも、グリーンの正確な方向が分からない。やや大きめのクラブで力を入れずにボールを打った。ヘッドアップはしなかった。当たりはあまり良くなかった。サイドバンカーに捕まったかも知れないと思った。カートに戻り、グリーン方向に向かった。
 幸運の女神がほほ笑んだ。ボールはグリーンに乗っていた。当たりがいまいちだったのが幸いしたのか、女神が手で運んでくれたのかも知れない。嬉しい。2パットでパーのスタートだ。
 2番ホールのティーグランドに行くと、先発の二人組が霧の晴れるのを待っていた。せっかちなわたしは晴れるのを待つのが苦手である。挨拶をして、先に打たせてもらった。
 また、ナイスショット。今までにない距離が出ていた。前に進んで、二打目を5番アイアンで打つと、芯を食ったようないい当たりだ。グリーンをオーバーしていなければと思って、カートを前に進めた。またしても、パーオンだ。このホールのパーオンは初体験である。何だか狐につつまれてような気分になった。長いパーパットだったが、うまくカップに寄り容易にパーをゲットした。ツーホールを終わって、パープレーである。上達したのだろうかといい気分になる。
 3番ホールはショートホール。まだ霧は消えていないので、狙いが定まらない。右はバンカーなので、安全策を取って左目を狙って打った。これも悪い当たりではない。気分をよくして、グリーンに向かうのだが、ボールが見当たらない。ラフでマイボールを発見した。3連続パーオンは実現しなかったのだ。でも、寄せワンに成功すれば、パーを拾える。
 すると、突然霧が晴れて来た。嘘のように周囲の風景が蘇ってきた。見慣れた景色なのだが、別世界に送り込まれたような感じは拭えない。アプローチはグリーンをオーバーし、返しもミスし、ダブルボギーに終わった。
 4ホール目以降は、見通しの効くなかでのプレーのため、好成績を期待したのだが、思うような成績は収められなかった。霧が晴れた後に、むしろロストボールが出たのは不思議だった。ボールが落ちたところと思うところをどんなに探してもボールが見つからなかった。こんなことはあまりない経験なのだが。

 後半に入って、リズムが戻ってくるのを待ったのだが、元には戻らなかった。不運も重なり、いつもとあまり違わない成績で終わった。
 出だしの好調の2ホールは何だったのだろうか。単なる偶然か、神に試されたのか、それとも誰かの悪戯か。考えても正解に辿り着けそうもなかった。

 ゴルフはいつも期待を裏切る。練習しても成績は上がらず、練習しないとスコアが良い場合もある。力むとボールは飛ばず、脱力するとナイスショットが飛び出す。何とも思い通りにならないスポーツだ。努力に比例して結果が出るマラソン、卓球などとは根本的に異なるようだ。
 ゴルフもまた、人生と同じで、思うように事が進まないものなのだと思う。悔しい。だからこそ、いつまでも続けられるのだろうか。時には好成績に有頂天になるが、ほとんどの場合は落胆のまま帰途に着く。
 ゴルフほど嫌なスポーツはない。

(2017年8月10日、寺岡伸章)
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中世の復活

後輩たちへ

 みなさん、如何お過ごしでしょうか。私の方は文科省を定年退職して2か月が過ぎようとしていますが、郷里の八代で元気で過ごしています。現役時代との最大の違いは、「毎日が日曜日」のためすべての予定を自分で決めなければならずこの状態から解放される「休日がない」のが最大の苦痛です。考えようによっては、なんとも贅沢な悩みですが。

 田舎暮らしの良さは、「みんな人が良い」ことです。こんなに親切で、気を遣っていただき、大変心地よい生活を送っています。都会のようにガリガリ生きている人をあまり見かけません。視点を変えれば、挑戦や競争が少ないため、人々は内向き志向で、田舎は発展しにくいということかも知れませんが、所得の低さに目をつぶってしまえば、田舎暮らしは捨てたものではありません。若い人の意識も都会志向から変わりつつあるようにも見受けられます。

 近況を具体的に報告します。
 早朝に起きて、自然豊かな散歩道を1時間の歩いた後、NHKの講座でスペイン語と英語を聴き、朝食を済ませます。午前中は、最近始めたデッサンに取り組んだり、読書をしたり、ブログを書いたりと、主に頭を使うことに専念します。デッサンの方は、地域コミュニティセンターの美術クラブに通っていますが、自画像を描いて披露したら、拍手やお褒めの言葉をいただいて、いい気分に浸っています。グッド・スタートとなりました。
 午後はフィットネスクラブで、硬くなった身体をほぐすストレッチ、基礎体力を向上させる筋トレ、リズム感を取り戻すエアロビクス、それに気分転換の水泳を楽しんでいます。帰宅後は至福のシエスタを享受。
 夕食後はテレビを観たりして、ゆっくり過ごす時間帯ですが、時には読書やデッサンに時間を割くこともあります。就寝は午後11時まで。外での会食が激減したため、お小遣いはほとんど減りません。

 趣味の長距離ウォークの方は4月中旬の福岡県糸島三都110キロウォーキング大会(1500人中87位)、5月ゴールデンウォークの長崎県佐世保・島原105キロウォーキング大会(900人中92位)に出場しまずまずの成績を収めました。でも、筋トレとフォームの改善をしないとこれ以上の向上はないと痛感しました。

 まったく初めての作業にも挑戦しています。庭木の剪定は芸術作品の創造と思って楽しみましたが、脚立の上の作業は少々怖かったです。小さい畑にはアシタバの苗を植えましたので、今秋の収穫が楽しみです。庭先に撒いたゴーヤと朝顔の種がどこまで成長するか期待しています。先日は、庭の梅木から採取した青梅を使って、梅酒作りに励みました。地酒は美味しいでしょうね。蝶々、蜂、トカゲ、小鳥が庭で遊んでいるのを眺めていると、自然というのは目の前にあるものなんだと実感させられます。眺めていても飽きませんね。

 今日土曜日はゴルフのラウンドに行き、明日は文芸雑誌の仲間の合評会に出席します。作品に対して色々な意見や感想が飛び出し、大変勉強になりますので、嬉しいです。
 いよいよ6月2日から北スペインの巡礼の旅に家内と出かけるため、最終準備の段階に入りました。800キロの世界遺産の道のりを楽しんで来ようと思っています。北スペインの田舎の風景、ワインと料理、世界の人々との出会い、パワースポットやスピリチュアリティの経験も楽しみです。大都市ではテロが発生したいますが、田舎はターゲットにならないでしょう。もし仮に、バチカン、エルサレムに次ぐ第三のカソリックの聖地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂(聖ヤコブが祀られている)が爆破されることになれば、宗教戦争にまで発展します。ISはそこまではやらないと思います。
 人間がお金の奴隷になり、尊厳を失ってしまっている今、神々を信じていた中世の時代の人々に思いを馳せるのは悪くはないと思っています。物質的に豊かになった近代は人間を貶めているように思えてしかたありません。

 役人としての仕事も楽しかったのですが、世の中にはまったく違った楽しいことも沢山あります。それらを発掘して自ら享受していきたいですね。
 スペイン人の口癖を書いて、筆をおきます。
La vida es maravillosa! 人生は素晴らしい!
 世界は楽しいことで満たされていますよ。みなさんも人生をエンジョイして下さい。

(2017年5月27日、寺岡伸章)
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秘境・五家荘

 九州中央の山地の五家荘は平家落人の里と晩秋の紅葉で有名なのだが、まだ行ったことがなかった。平成合併で五家荘が八代市に組み入れられ、地元の一部になって以来いつかは訪問しないといけないという気持ちばかりが募っていた。今回の帰郷が大きなチャンスになった。

 八代市で5月12~14日開催された九州国際スリーデーマーチの初日の選択の一つは前泊し五家荘の新緑を楽しむウォーキングのため、妻と二人で出かけた。総勢22名の参加があったというが、昨年は熊本地震の影響で定員に達していなかった。北海道や福島などの遠来の客も含めてこれだけの参加者が集まったのは、熊本地震復興のために地元民を元気付けようというためである。ありがたいことである。

 五家荘は渓谷も深く、鬱蒼とした森林に覆われた自然が豊かなところだった。新緑が眩しい。山桜も最後の力を振り絞って咲き誇っていた。標高1000メートルに満たないが、市内とは別世界である。道路は舗装こそしてあるが狭く、対向車とのすれ違いは離合地点まで引き返さないといけない。街を悩ましている黄砂やオキシダントは無縁な世界だ。空気が澄んでいて、爽やかである。思わず笑顔が弾ける。眉間に皺を寄せている人はいない。

 民宿のような旅館の夕食も良かった。マスの刺身、鹿肉のたたき、鹿肉の天ぷら、新鮮なタケノコ、地元の特産の豆腐、山の幸が所狭しと並ぶ。ビールや焼酎を飲みながら初対面でもすぐに古い友人のように打ち解ける。食べきれないくらい料理が次々とやってくる。他愛のない話題も何だか深遠な意味を含んでいるかのように心に響く。受ける側も深い山奥で健康的な鋭敏な感覚になっているからだろう。会話はお風呂の制限時間まで続くが、また会いたいと思わせる人ばかりだ。良い人が集まっているのではなく、秘境の里が人を良くするのだろう。心も浄化してくれているような心地よさを感じる。

 強く印象に残ったのは70歳代の元気の良さだった。歩いていてもバスの中でも会話と笑いが途切れることがない。体だけでなく、心もすこぶる健康な人たちだ。団塊の世代は幸せだったという思いが湧いてくる。自信に満ち、結束が固い。なんでも制御できると思っているし、実際にやり遂げてしまう。

 ウォーキングの終盤、雨が降ってきたが、それでもゴール地点で鑑賞した「せんだんの轟」(滝の意味)は日本滝100選に選ばれているように、見ごたえがあった。高低差は70メートル前後という話だった。

 五家荘には紅葉の季節に再訪したい。カラフルな絨毯のような山奥はふたたび心を癒してくれるに違いない。

(2017年5月13日、寺岡伸章)
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生活が第一

 定年を迎え仕事を辞めると、暇になると思っていたが、そうではないことが分かってきた。毎日の生活を送るうえで、結構忙しいのだ。
 昨日は電車に乗って、熊本市のデパートまで買い物に行った。ゴルフウェアのパンツ、半そでシャツ、アンダーウェアを買ったのだが、最終的な選択に行き着くまでどれが似合うかと妻と話し合いが続く。どれもこれも欲しいのだが、それなりの色とデザインのものに落ち着いた。
 今まで試着は面倒と思っていたが、やってみると面白い。ショッピングも楽しめるようになれそうだ。生活を充実させるための重要な要素であるにちがいない。仕事で何かを生み出すこととは異なる世界がそこにはある。仕事が価値があり、ショッピングは単なる消費にすぎないとは思えなくなってきた。それにしても、購入した3点の商品の価格はゴルフ会員権よりも高価であるのは複雑な気分だった。ゴルフは大衆のスポーツになったけれど、ファッション業界は新しいデザインと素材を創造し続けているということなのだろうか。

 わたしの買い物が終わると、妻の服を買うべく、婦人服売り場に向かった。妻のショッピングはまずフロワァー全体を一周して見渡し、その後気になったお店に入って自分のお気に入りのものを探し出そうというやり方だ。わたしも後ろから付いて歩き回ったのだが、婦人服は紳士服と違ってデザインも色彩もじつに豊富である。このような素敵な服を着た女性が街に溢れていたら、どんなに世の中は楽しいことだろうかと思った。一つ一つを念入りに見ると、デザイナーの工夫が偲ばれる。美的感覚に優れていないと気を引くものが作れない。わたしは最近絵画を描くようになったためか、構図や色彩に目が行くようになった。偏見があるかもしれないが、自分や他人の着る服に関心がないようでは、絵画は上達しないのではないかとさえ思う。
 美術クラブでも、美しい絵を描ける女性は美しい人が多いように感じる。美の追求が人生のワイフワークになっているのだろう。自分も化粧をして合致した服をまとい美しい女性でありたいし、自分の内面の感情もキャンバスに美しく描き出したいという一心なのだ。美こそ人生。なんと素晴らしいことなのだろうか。

 ショッピングを終えて、電車に乗って八代に帰ってきると、雨が降っていたが、フィットネスクラブに出かけることにした。最近は身体を柔らかくするストレッチと筋力増強の筋トレが面白い。まだ、クラブに通うようになって1か月足らずだが、少しだけ硬い身体が曲がるようになったと感じる。筋トレも負荷重量が増えて行くのは面白い。7つの筋トレマシーンで10回づつ、3セットやっている。楽と感じるマシーンは2.5キロづつ荷重を増やしていっている。限界はどこまで先にあるのだろうかと楽しみにしている。身体全体が逞しい筋肉で武装されていくような心地よい気分になる。でも、電車に乗ると席を譲ってもらうとき、複雑な気持ちになる。わたしは年寄りなのだろうか、それとも100キロを歩く超人なのだろうかと。

 ひと汗流して、帰宅すると、知り合いが新車の見積もりを持ってやってきた。わたしは運転しないが、運転手役の妻の気に入った車が決まった。トヨタのハイブリッド車のアクアにした。何回も販売店に足を運び試乗した後に、購買すべき車種が決まったのである。これで生活基盤がまた一つできたと言える。行動の範囲と機会がグンと増えることになるだろう。

 生活が第一である、と謳った政党があったが、まさにその通りである。仕事は生活に必要なお金を稼ぐ場でしかない。なるだけ多くのお金を楽して稼ぎたいのが人情であるが、どうせ拘束されるのであれば、自分の好みと能力に合ったものがいいに決まっている。でも、それが分からないのが課題である。多くの友達が定年退職のときに自分はこの仕事に合っていなかったので、ずいぶん苦労したとこぼしている。本当にそうなのかどうかは検証してみないと分からないが、人生は苦労はよく覚えているということなのかもしれない。
 他人と比較してはいけない。自分の人生は自分で切り開くしかないのだ。苦労も楽しみに変えていく柔軟な発想があるかどうかが多くのことを決するような気がする。
 今日一日はとても長かったが、でも充実していた。夢を抱いて前に進もう。

(2017年5月10日、寺岡伸章)
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