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中国・アジア

トランプ大統領の陰で

(トランプ大統領の登場)
 トランプ米大統領が発した7か国の移民受入中止などの大統領令に伴い、世界のアカデミアでは米主宰の国際会合への出席をボイコットしようという動きが広がっている。科学者たちはトランプ大統領の反キャンペーンデモを検討しているとも聞く。世界中の大多数の科学者が合意している地球温暖化についてもインチキだと主張していることからも、科学的な態度を理解していないとみなされている。
 
 移民国家として世界をリードしてきた米国は優秀な人材を海外から集めることによって繁栄してきたが、今回の措置は歴史を転換させるものになるかもしれない。ノーベル賞受賞の大半を占める科学大国は今後引き続き世界中から人材を集めていくのか、それとも国家の安全を重視するあまり、外からの移民を厳しく制限し、結果として優秀な留学生を集められなくなるのか。米国の大学における理科系博士取得者がすでに50%を切っている事実はとりもなおさず、米国科学は外国人に大きく依存していることを物語っている。

 このような状況下で、世界情勢を冷静に調査・分析しているのは中国である。中国は1976年の改革開放政策以降、海外との科学技術力の大きな格差を埋めるべく、大量の留学生を海外に送り込んできた。科学的知見とハイテクを習得した多くの科学者は帰国し、大学や科学院研究機関のポストを得て自国の科学技術の発展に寄与した。この作戦は奏功し、今では科学論文数で世界2位、論文の質を反映していると言われる被引用数ではデータにもよるが、世界2~4位にあり、順位を落としている日本を大きく引き離している。

 中国が科学技術力を強化してきた背景には、練られた長期戦略があった。米国の混乱と動揺の陰で着々と進む中国の科技政策を追った。

 優れた成果を挙げるための3条件は、①豊富で多様な人材、②豊富で安定した研究費、③競争的研究環境であるが、研究環境を整備すべく、効率的な現代的科学システム(皮肉にも米国式)の導入を急いでいる。

(エリート研究者のキャリアパス)
 中国では大学教員の人気は非常に高く、成るのはますます困難になっている。博士号取得、留学、海外一流大学での研究実績等の好条件が揃わないと帰国しても国内の有名大学で教員ポストを得るのが難しい。中国人研究者の典型的なキャリアパスは、中国の有名大学卒業⇒米国大学博士号取得⇒米国大学ポスドク⇒米国大学教員(テニュア)⇒北京大学、清華大学等有名大学教授または中国科学院主任研究員に就任するコース、あるいは米国大学ポスドク⇒中国国内大学テニュアトラック(副教授)⇒テニュア⇒教授への昇進である。

(テニュアトラック制の導入)
 テニュアトラック制の導入は着々と進んでいる。エリート研究者の淘汰システムとして機能させようとしている。厳しい競争下で優れた人材を選抜するのは、膨大な人口を抱える中国ならではの考え方である。
 北京大学では、2008年から新人教員を対象にテニュアトラック制度を導入し、10数名が副教授のテニュアを得ている。正教授への昇格は時間の問題である。新人教員を6年間の任期付きで採用し、5年半後に国内外の12名の専門家により研究と教育の業績を審査するのだが、全員真面目に研究と教育を行っているため、審査にパスしなかった者はまだいない。
 北京大学量子材料科学センターはテニュアトラック制で海外の優秀な人材を採用している。6年後の審査をパスすればテニュアに昇格する。テニュアになるには学者20人(自己申告だが数名は学術委員会が差し替える)の審査にパスする必要がある。センター内の中国人研究者はほとんど米国の大学での経験があるため、テニュアトラック制に順応している。
 北京理工大学の新人教員の採用については、2016年からテニュアトラック制度を導入し、6年間の任期付き採用後、審査にパスすればテニュアを得られるようにした。テニュアになると所得は2倍になる。

(評価制度の転換)
 研究者へのインセンティブを高めるため、インパクトファクターの高い学術誌や有名な学術誌に論文を掲載すると報奨金が出されるという制度が全土に広がり、そのような定量的評価が定着して行った。しかし、過度な論文主義、不正投稿などマイナス面も多くなったので、有名研究機関から率先して評価制度の見直しが行われるようになった。中国科学院傘下研究所、北京大学、北京理工大学等有名大学では実際に両方の視点で行われている。研究成果の質を評価するとしてピアレビューが大学の内外研究者で構成される委員会で行われている。外国人による評価も実施中である。
 北京大学では、2004~5年頃評価システムを転換し、研究業績の内容も重視するようになっている。Nature誌,Science誌の掲載論文はそれだけで特別扱いされる風潮はまだ残っている
 しかし、地方の大学などではまだ評価制度の改革が徹底していないため、論文数や特許出願数など定量的評価に重点をおいて評価を行っている。
 また、中国共産党と国務院は、2017年1月8日付けの『職称制度の深化改革に関する意見書』を発出し、論文数の競争から学術の競争への転換、研究技術者の階層の減少による評価の平等化などを進め、成果の学問的価値に基づく評価の徹底・定着を推し進めようとしている。

(学生・大学院生・ポスドクの処遇改善)
 大学生は3分の1が卒業後も適切な仕事が見つからない厳しい環境下で、競争に打ち勝つため非常によく勉強する。例えば、学部卒業後留学を希望している北京大学物理学の理論系学生は学部2年生から教授の研究室に出入りして、卒業までに3通の論文を書くのが普通である。それが米国留学に必要な3通の教授推薦状となって結実するからである。また、北京大学や清華大学の学生がじつに熱心に勉強するのは中国をよく知る日本人研究者も認めているところである。
 大学院学生は、宿舎はキャンパス内にあり無料、食堂も格安、教員からお小遣いももらえるため、奨学金取得の必要性はない。米国の大学院学生は貧しくても有能であれば、奨学金を得て学者としての道が開ける制度であるので、中国が米式制度を学ぶのは理にかなっている。日本は大学院学生の経済的負担が大きいため、金持ちの師弟でないと博士課程に行けないシステムになっている。実際、理研の研究者には裕福な家庭出身者が多いと言われている。
 中国のポスドクの収入は7万元/年と決められ処遇があまり良くなかったが、特に優秀なポスドクには22万元/年を支払う制度(北京大学ボーヤ-プログラム)の導入などで改善されてきている。深圳には深圳市からの財政支援を得て、優秀な人材を確保するためにポスドクに45万元も支払う大学も出現している。

 以上述べてきたように中国の研究システムの改革は着々と進行している。中国崩壊論や黄禍論の陰で中国国内で起こっていることを冷静に見ようとしない我々のかたくなな態度は近い将来「こんなはずではなかった」と後悔することになるかもしれない。

(2017年2月7日、寺岡伸章)
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テーブル上の逆立ち

 先週、自分の名前を冠した会社の主席に久しぶりにあった。会長ではなく、主席となっているのが中国人らしい。悪い影響があるといけないから、名前は伏せておくが、Z氏としておこう。
 Z氏とは、わたしが北京駐在の際に、しばしば夜遅くまで飲みに行った仲である。当時から、日本のテレビにも登場していたが、留日経験者の大成功者の一人だ。活力エネルギーが半端ではない。口に出したことは、すぐに実行に移し、実現してしまう。日本人にはあまりお目にかかれないタイプであるため、当時から面白い人物だと思っていた。この8年間でますます事業を拡大させ、上昇龍のような勢いである。

 Z氏本人は年収5億円を稼いでいるとこともなげに言う。飾らない人柄は昔と変わらない。今夜は飲み会を中座し、新幹線で関西に向かい、3時間の睡眠後、明日ゴルフを楽しむそうだ。余暇ではなく、仕事関係のゴルフなのだろう。噂では、最大に数千億円の資金を動かすことができるというのだから、凄いと言わざるを得ない。わたしのような庶民とはまるきり異なる世界で活躍しているのだ。

 Z氏はビジネスだけでなく、政治の世界にも食い込んでいる。だいぶ前から習近平主席の後任は、○○○(これは明かせない)に決まっていると断定的に言い、彼とは友人関係にあるようだ。当時はあまり本気にしていなかったが、もしかすると予測は現実になるかもしれない。
 豪華なゴルフ場でプレーするだけでなく、銀座の高級倶楽部で毎日のように飲んでいるとも言う。僻みなのかもしれないが、多忙を極める本人は幸せなのだろうかとも思う。

 北京のカラオケ店(日本のスナックに相当)で、テーブルの上で両手と頭を使い逆立ちして光景がまだわたしの目に焼き付いている。今のz氏よりもその時の彼の方が生き生きとしていて魅力的で、面白い人物だった。運動不足で小太りになったZ氏はまだ活力にみなぎっているが、過ぎ去りし日々の若々しい瑞々しさは失っているように思う。女性スキャンダルには十分注意していると言う。メディアに暴かれれば、迷惑をかけるのは大勢だ。自由を束縛されたZ氏は今後どのような人間に成長していくのだろうか。

 莫大な富を得てビジネスマンとして歴史に名を刻むのか、それとも将来の日中戦争の危機回避に貢献するのか。出世しても威張らない彼は人気者である。頭の回転の速さはまったく衰えていない。カリスマ性もある。
 健康には十分気をつけて、企業のモデルとなり、日本経済を牽引していってもらいたいものだ。それにしても、北京時代は楽しかった。ぼったくりと言って店のオーナーと言い争いの喧嘩をしたり、王様ゲームをやって馬鹿なこと(恥ずかしくて言えない)をやったり、一気飲みの競争をしたり、明け方近くまで飲んだりと無茶苦茶だった。今考えてみてもまったく意味のない行為だったと思う。でも、二度と帰らないあの日がじつに懐かしい。

(2017年2月6日、寺岡伸章)
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奢ってはいけない

 日本人の良さは誠実で、勝って奢らず、負けて愚痴らずという潔さだったが、それが最近失われているように見受けられる。経済的にも、安全保障の面からも余裕がなくなってきているからなのだろうか。困ったものである。
 1990年代、中国がGDPで日本を抜くのはだいぶ先だという意見が日本国内に蔓延していた。世紀が変わる2000年頃には、国有企業改革が失敗し、国は分裂してしまうとコメントがマスメディアの中でまことしやかに語られていたのだ。でも、みんなの期待に反してそうはならなかった。2007年前後についにGDPで日本を抜いてしまうと、日本人エコノミストは沈黙してしまう。その後、日本の円安誘導政策もあり、現在ではGDP差は3倍近くまで跳ね上がった。日本経済は米国だけでなく、中国の国内経済の影響をもろに受けるようになる。

 科学の分野でも似たような現象が起こった。中国人の論文数は急速に伸び、日本を瞬く間に抜いて世界2位に躍り出たが、誰も引用しない「ゴミ論文」ばかりと揶揄されていた。実際そのようなことがあったのは事実なのだが、ずいぶん誇張された。ところが論文の被引用数でも、中国は日本を概ね追い抜いた。概ねと言うのは、まだ日本が強い免疫、植物科学など一部の分野でリードを守っているが、ほとんどの分野で負けているからである。すべてで敗北するのは時間の問題とされている。莫大な人口を背景に研究者数でも中国は日本を上回っているのだから、どうしようもない。独創性で日中両国の民族差はないというのが常識だ。また、データを見ると、日本人研究者の書く「ゴミ論文」の割合も中国とあまり変わらないレベルになっている。都合の悪いデータもキチンと観察するのが公平というものだろう。

 論文の被引用数で負けると、今度は科学の質では負けていないという議論になっている。たしかに、過去の国際レベルの科学賞受賞数を調べると、日本は米国に次いで多く、中国を遙かに上回っている。これは近代科学の歴史の長さに依存するものであり、瞬間風速の論文の質は抜かれつつあることを考えると、その延長線上で、科学賞受賞者数でも中国は日本に接近してくると考えられる。科学は国境を越えた普遍的な学問であるため、研究費や研究者の規模などに依存して成果が挙がるものだ。日本の科学は明治維新以降発展してきたが、中国の科学は建国の1949年以降なのだからそのハンディはかなり違う。

 近隣国に負けたくないという気持ちが分からないでもないが、現実は厳しく受け止めた方がよいだろう。さらに重要な点は科学技術の成果は人類共通の財産であるため、囲い込むことは容易でないという事実だ。知的財産権を主張しても、その効果には自ずと限度がある。そう考えると、国境を分けて競争を煽り立てるのではなく、人類共通の課題解決に向けて科学技術を利用することを考えるのが自然というものだ。

 日本は若い科学者の職が不安定であるため、優秀な学生が博士過程に進学しなくなって久しい。安易に米国から輸入したポスドク制度は多くの若手研究者を厳しい境遇に追い込んでいる。この事実はいずれ研究レベルの低下となって現れるはずだ。中国は文化大革命で大学が10年に亘り閉鎖され、学問の発達が大きく遅れた。日本はそのような内乱はなかったが、システムの欠陥が若手研究者の育成を阻んでしまった。これは失策であり、人災と呼べるかもしれない。

 3年連続のノーベル科学賞受賞は偉大な業績であるが、二度とやって来ぬうたかたの夢と終わるかもしれない。日本人が特別に優秀というわけではない。
 現実を見つめ、謙虚になって海外から学ぶ姿勢が重要なのだ。けっして奢ってはならない。

(2017年2月3日、寺岡伸章)
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状態に在る

 幹事役お世話様です。お陰で関係者の皆さんとバレンタインデーに再会できます。ありがとうございます。楽しみにしています。
 さて、私事ですが、今年度をもって長くお世話になった文部科学省を定年退官することになり、その後は妻とともに郷里・熊本県八代市に移住し、余生を過ごします。大方の役人はその知見と経験を活かすべく再就職するのですが、私は引退の道を選びました。少々恥ずかしいのですが、その背景等について話をしておこうと思います。これはまったく個人的な価値観に基づく意見であることをまず述べておきます。

 6年前の東日本大震災と東電原発過酷事故はわたしの人生の転機となりました。起こるはずがないと思っていた事故でしたので、大いにショックを受け、人間は何のために存在するのかという人間存在論まで遡って考えました。その結論は、人生には「何かを為す」ことと「状態に在る」の二つの価値観があることに気付きました。「何かを為す」とは良い社会を作る、科技創造立国を実現する、日泰協力を推進する、与えられた仕事を遂行するというような新しい価値を得て現在よりも前進・進歩することです。「状態に在る」とは自然の恵みを感じる、人々の温かさを覚える、万能の神から見守られている、家族から愛されている実感がある、何もしなくても満たされている充実感というような安寧の心の状態です。
 仕事をすることはとりもなおさず「何かを為す」ことですが、これには限界があります。一生をかけてもゴールまで辿り着けません。為すべき事は無限にありますから。一方、「状態に在る」ことを自分はどこまで認知し、それを享受したきただろうかと考え直すと、愕然とします。今までまったく無頓着だったと思います。自然、文化、芸術、歴史、人類遺産、食べ物と酒はこちらに分類されます。過酷事故を契機に、人生の後半は「状態に在る」を大切にし、それらの人類の遺産ともいうべきものを享受することにしました。「何かを為す」ために担いでいたボンベを背中から降ろし、気楽になって、「状態に在る」をモットーに毎日を笑って生きていきたいものです。

 もう少し具体的な話をしましょう。今年6~7月の43日間、妻と共にカソリックの聖地のサンチィアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂(イエスの弟子のヤコブが祀られている教会)までの800キロの道のりを歩く予定です。この街道は世界遺産となり、世界中から毎年25万人(日本人は1500人)の人々が徒歩か自転車で宗教的理由や観光や各自の目的を持って大聖堂までアルベルゲ(簡易宿泊所)に泊まりながらスペインの田舎道を歩きます。8~10キロのリュックを背負って毎日25~30キロの自然道を歩く日課となります。途中、世界遺産や田舎の風景を画用紙にデッサンしたり、12世紀に巡礼した人々の思いに心を寄せたり、バルで美味しいワインとスペイン料理を食べたり、さまざまな国の人々とおしゃべりし友達(妻も一緒のため青い目のガールフレンドが作れないのは残念だが)になったり、宗教性やスピチュアリティ(パワースポット)を感じたり、人類の過去や未来を思索したり、自分とは何者なのかを想ったりしたいと思います。つまり、この「状態に在る」を満喫したいです。そこには発展も進歩もありません。
 スペイン語を少し勉強していますが、スペイン人の好きな文があります。
Pan con jamon y vino, eres todos.
 意味は「パンとハムとワインがあればそれがすべてだ」です。意訳すると、パンとハムとワインがあれば人生は十分ではないか。それ以上何を求めるというのか。お金が足りないと嘆いたり、仕事や人間関係で悩んでいてもしようがない。人生は短い。今をエンジョイしようではないか。
 近代は人間の欲望を開花しました。「もっと多く、もっと速く、もっと遠くへ」が価値があるとされている時代です。常に発展や進歩が正しいとされ、人々はその価値観に縛られて、駆り立てられています。お金の奴隷となって働かされています。「何かを為す」ことを求められています。
 少なくとも私はその束縛から解放される年齢になりました。年を取るのも悪くはないですね。
 スペイン巡礼で私が何を学ぶのか分かりません。だから楽しいのですが。来年はチェンマイの山奥に住んでいるかもしれませんし、タイのお寺で坊主になってプチ修行しているかもしれません。プチ修行すると、また人生の違った風景が見えてくるに違いありません。新しい気付きがあるはずです。「状態に在る」を大切にしたいです。理想的には1日中何もせず、生きているだけで幸福感を覚えることでしょう。命は奇跡ですから。
 今までかっこ良すぎることを言い過ぎたかもしれません。自分の言葉に酔う癖があり、困ったものです。
 この日泰の関係者の皆さんも、タイや日本で異国の文化に触れ、両国の友好に寄与するために自分の領域で「何かを為した」と思いますが、同時に、信頼できる友人を得てこのグループに属しているという「状態に在る」を十分享受しているはずです。それは楽しかった駐在経験の思い出とともに「そこに在り」ます。
 気概と能力のある方は「何かを為し」て下さい。それは人々によって承認されます。それが人々の幸福につながることを期待します。私はお前がここに「在るだけでいい」と言われるような人になりたいです。そのためには、最低限いつも笑顔でいる必要があるかもしれません。それと、熊本地震復興支援活動のお手伝いをしなくてはいけませんね。
 だいぶ長くなりました。ここまで読んでいただいた「あなた」に感謝します。仕事を辞めても、いつまでも個人と個人としてお付き合いし、良い友達でいましょう。

(2017年2月3日、寺岡伸章)
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パックスアメリカーナの終焉

 トランプ新大統領の大統領令は米国内だけでなく、世界各国で波紋を広げている。特定の国からの入国を許さなかったり、難民受入れを当面拒否するというのだから、従来の米国像とずいぶん違う政策だ。世界の人々が戸惑い、驚き、反対の声を上げるのは当然だろう。言うまでもなく、米国は移民の国として繁栄してきた。祖国の弾圧、差別、因習に失望し、理想を求めて新大陸に渡り、「新世界」を造ってきたのである。自由、平等、人権、夢を実現できる国として発展し、世界中の憧れの的となり、多くの優秀な人材を惹きつけてきたのだった。抑圧された人々も貧しい人々も米国に行けば、人生をやり直せると希望を抱いていた。それは世界の人々をして米国を偉大な国と呼ばせるのに十分だった。

 それが今回の大統領で失望と変わった。世界をリードしてきた大国の終わりの始まりになるかもしれない。ビジネスでも、スポーツでも、科学でも世界の中心は米国だったが、この構図は変わっていくだろう。新興国の優秀な人材は米国の大学を目指し、米国の文化や価値観を体現して、祖国に帰っていったのだが、その潮流が変わるかもしれない。米国スタンダードは終わるのか?

 わたしは北京に科技関係者としての駐在経験があり、中国の変貌ぶりを目のあたりにしてきた。日本国内では中国嫌悪感が広がり、中国の未来に対して悲観的な予測が広がっているが、現地をよく知る日本人駐在員たちは総じて中国の未来は明るいと思っている。いくつかの問題を抱えると言っても、発展に向けた人々の膨大なエネルギーは凄いと感じている。日本の明治時代を思い起こして欲しい。日本社会は急速に西欧化し、殖産興業を実現していった。当時、西欧人のなかには日本を危ういと感じていた者もいたかもしれないが、大方の日本人は楽観的であったはずだ。
 それが今の中国に当てはまる。アジアに盟主としての地位が脅かされると心配している日本人は迫りくる中国を蹴落としたくて悪く評価するが、中国人は将来に向けて猛然と走っている。

 中国ではエリートの仕事である研究者や大学教授のポストは激しい競争に曝され、よほど優れた成果を上げない限り、生き残りが難しくなっている。将来を憂えて博士課程に進学しようとしない日本人学生と比べると雲泥の差がある。日本は少子高齢化の影響もあり、温室環境で若手を育てようとしているが、中国は人口が多いため厳しい淘汰システムで研究者を振るい落としている。生き残った学者は優秀で活力がみなぎる人材になるのは確実である。もうひとつエピソードを紹介すると、北京大学の優秀な学生は学部2年生から教授の研究室に出入りし、学部卒業まで3本くらいの論文を書き上げるそうだ。それらの実績は学部卒業後に米国大学の留学に必要な3人の教授の推薦状となって結実する。中国の学生は学部時代からそこまで必死になって勉強するというのだが、東京大学や京都大学の学生はそこまで真剣に勉強しているとはあまり思えない。日中両国の学生の差は歴然としていると言えよう。日本の優秀な学者は高齢化し、後継者を育成できないでいる。このような日の没する国に留学しようとしないのは、当然の理だろう。米国で修行を積んで、業績を上げ、自分の将来を切り拓こうとするのだ。

 中国人はしたたかである。心の底ではもはや日本から学ぶべきものは少ないと思っていても、それを日本人の前で口にすることはない。少なくとも一部の民間企業の特殊な技術はまだ学ぶべき対象なのだ。それらをすべて学習したあかつきには、態度が急変するかもしれない。いや、日本の若者が最先端の知識を学ぶために大陸に渡ることになる。かつて、日本は遣隋使や遣唐使を送って、先端の技術や社会制度を得て、帰国していた。その時代に戻ると考えれば、分かりやすい。それは今静かに進行しつつある。
 冷静に考えればよく分かる。人口が10倍も違うのだ。天才も秀才も10倍も多いのである。研究が環境が同じであれば、競争に勝てるはずがない。

 米国は人類の理想を取り下げて、自国の利益を優先する方向に舵を切った。米国の科学を支えているのは、中国人とインド人と東欧の優秀な人材と言われている。トランプ大統領がアジアの国の人々に自国の最先端科学や技術が「盗まれているので規制する」と発言しようものならば、米国科学は失墜するかもしれない。もはや彼らなしには科学活動は成り立ちえないのだ。中国人とインド人が大挙して自国に戻されるとき、真の意味でパックスアメリカーナは終わりを迎えるだろう。その可能性は低くないと思う。

 人間は理想を捨てて、現実的になったとき、凋落するのだ。それは国に対しても当てはまるの。

(2017年2月1日、寺岡伸章)
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外は広いぞ!

 北京出張の際に、かつて日本の大学に留学し、その後も含めて16年も日本に住んでいた崔さん夫婦と食事を共にした。崔さんは北京大学医学部で脳科学の最先端の研究を行っている教授だ。60歳の半ばだ。中華料理店で日本酒を飲みながら酔って来ると、崔さん夫婦は日本で出会った一線級研究者の思い出、日本文化、日本人の礼儀正しさなどについて止めもなく誉め言葉が口から機関銃のように出てくる。当時当時お世話になった先生方の身代わりに、わたしに感謝を捧げたいと言うのだ。恐縮してしまう。

 夢のように楽しかった青春の物語が続く。それを聴いていると、日本人として誇らしくなった。日本をこんなに愛している中国人がここにいるのだ。日本人が忘れたり、失ってしまった勤勉、優しさ、品格、民度の高さが思い浮かんできた。わたしは風邪を引いていて体調が思わしくなかったのだが、心から陽気なエネルギーが湧いているようだった。素直に楽しかった。

 崔さんは科学者として研究に勤しむだけでなく、日中両国の外交問題にも関心を持っている。日本に滞在してころには親中派の政治家とも交流があったようだ。政治家の名前が次々と口をついて出てくる。現在の日中両国民の険悪な感情にも心を痛めている。わたしは正直って解決の糸口は当面見出されないと諦めの心境にある。そんな文脈の延長線上で、日中協力の仕事からもうすぐ引退する旨の話をした。

 すると、突然崔さんの顔色が変わった。さらに早口で相手国をよく理解している専門家が頑張らなくてはだめだとしゃべりだし、挙句の果てには辞めるなと怒り出した。わたしはその後、言葉を多く語らなかった。崔さんという友人を失いたくなかったためなのだ。
 崔さんのように、今まで培った中国人との人脈や6年を超える北京駐在で得た中国や中国人に対する理解度を今後も生かすべきだとわたしを諭す友人は数人いる。特に、科学技術の分野で日本はまだ中国よりも進んでいると思い込んでいる(それはすでに過去のことだ)大多数の日本国民とそれに突き動かされている政治家やメディアに対して、正しい情報を提供すべきだと言うのだ。お世辞でもそう言ってくれる人がいるのは、正直嬉しい。
 それは一理あるが、わたし以外にも適任者は大勢いると思う。若い世代にその責務をバトンタッチしたい。だらだらやるのではなく、どこかでけじめを付けないといけないと思う。

 今日のトップニュースは、文科省元局長の有名私立大学への天下り醜聞だった。この件で組織としての責任を取り、事務次官が辞任するという。役所の人事制度は長い時間をかけて天下りを前提に成り立ってきている。利害関係のある利益集団への再就職斡旋、つまり天下りは禁止されているが、際どいケースは後を絶たない。人事制度の抜本的改正がなされないままの状況では、このような事案は根絶しないかもしれない。大学の教員や民間企業の研究者は第二の人生で活躍している。役人も今まで培った経験と知見を生かして、適切な場でもう一花咲かせるのは国民総活躍社会にとって大切なことである。

 崔さんの言われることはよく分かる。引退後も、機会があるたびに、日中両国のお互いのメリットのために発言したり、行動したりしようと思っている。しかし、それでも役所の関係するところで仕事を続けることはできない。仕事に就こうが就きまいが、まったく違う世界で生きて行こうと思っている。人生は短い。同じ価値観にばかりに縛られているわけにはいかないのだ。

 外は広い。窓を開けてみようではないか。そこには大空が開けている。

(2017年1月19日、寺岡伸章)
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