メルマガ登録

 
2017年11月
« 10月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  
twitter
facebook

今週のメッセージ

新人達よ、大いに失敗せよ!

 大学生を卒業したばかりの新人が職場に入ってきた。未来のある彼らは輝いてみえる。初心を忘れずに、いつまでも夢を追いかけ、希望を抱いていて欲しい。高い志を掲げて、いつまでも自己研鑽に励んで欲しい。

 大先輩であるわたしからあなたたちに贈る言葉は、「大いに失敗せよ」ということだ。誰でも失敗は嫌だが、失敗を恐れてチャレンジしなければ、周囲から評価されないし、本人も後悔が残るはずだ。集中するものがなかったり、熱意を注ぎ込めなかったりすれば、時間の無駄となる。時間は限られているのだ。失敗しないことよりも、何もしないことが人間の成長を止めることを知って欲しい。失敗は人間を成長させる苦い良薬だ。

 世界のエリートが集まるハーバード大学やスタンフォード大学の経営大学院で教えることは、先人の成功物語ばかりではない。失敗こそ学ぶべき教材であるのだ。教授らは口を揃える。
「逆境こそ人を奮い立たせる」
「失敗は財産」
「失敗は成功の母」
 考えてみるがよい。偉大な経営者になる人間は必ず、どこかで大きな失敗をし、それをバネに飛躍していったと考えてよい。失敗が大きいほど、人は深く悩むが、そこから学べるものもまた大きい。

 楽な職場環境は生半可な人間しか育てない。日本の大学や会社はいつの間にか、愛情を持って社員を鍛えるということを止めてしまったように見える。本人の自主性を重んじるという思想のもとで、厳しい教育が忘れられてきているように思える。
 リーダーとなるべき人間は鍛えなければならない。知識だけでなく、社会的任務も背負わせなければならない。逃げてはいけない、どんな逆境でも未来はあると教え込まなければならない。
 大きな失敗をした人間は逞しいが、弱い人の気持ちもまた理解できるようになるはずである。

 守りに入れば、必ず後悔する。
 新人よ、みんなの前で叱られ、恥をかいても、歯を食いしばって頑張れ。職場の先輩方は、君がその苦境を乗り越え、成長することを暖かく見守っているのだ。

(2014年4月1日、寺岡伸章)
12345 (4 投票, 平均値/最大値: 3.50 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

第二の敗戦

 ジャーナリストの船橋洋一氏は、著書『原発敗戦』のなかで以下のように書いている。

 日本の国家と社会と組織は、リスク、ガバナンス、リーダーシップの課題をまともに見据えてこなかったし、それらに正面から取り組んでこなかった。
〇絶対安全神話に見られるリスクのタブー視化。年次主義の昇進システムと定期的人事異動故のタフな決定の先送り(リスク回避)。
〇縦割り、たこつぼ、縄張り争いに足を引っ張られ、「政府一丸」となって取り組めない官僚政治の弊(ヨコのガバナンスの欠如)。
〇権限と責任を明確にせず、指揮命令系統をつくれないライン・オーソリティーの未確立(タテのガバナンスの欠如)。
〇明確な優先順位を定めない「非決定の構図」と「両論併記」の意思決定方式(リーダーシップの欠如)。
〇危機の時に「国民一丸」となって取り組む「大きな政治」の不在(リーダーシップの欠如)。
〇速やかに損切りし、失敗を失敗として受け入れ、そこから立ち上がるレジリエンス(回復)戦略の不在(リーダーシップの欠如)。
 日本は、再び、負けたのではないか。
 福島原発事故は日本の「第二の敗戦」だった。

 なぜか福島事故の非常事態に国家が機能しなかったのかの検証は行われていない。次の危機が日本を襲う時、日本は確実に滅びると思う。今度は神のご加護はないからだ。
(2014年2月22日、寺岡伸章)
12345 (1 投票, 平均値/最大値: 5.00 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

復活する日本的経営

○ 明の知、暗の知、黙の知(=組織の風土・文化)
○ 間(=自然との触合い)は心身の中の老廃物を体外に排出し、「古い自分から新しい自分へと蘇生する」きっかけをつくる
○ 経営とは科学と科学でないものとのバランスをうまく取ること
○ ゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会)がうまく混在している状態が良い組織
○ アメリカ企業は経済組織、日本企業は社会組織
○ 良い仕事とよい生き方の根っこは同じ(夢、熱い思い、高い志、使命感)
○ 近江商人の三方よし「売り手よし、買い手よし、世間よし」
○ 異なる価値観に触れ、化学反応を起こそう
○ 原因を「外」に押し付けていては立ち直れない
○ 停滞した組織に「揺らぎ」を起こし、新たな地平を開け
○ 経営の「見える化」「測る化」ではなく、見えない「人の質の向上」が大切
○ 物事の本質は測れないものの中にある、測れないものは測らない
○ 迷ったときの判断基準は「品格」
○ 一利を興すは一害を除くにしかず
○ 組織の「経路」を知り、ツボを押せ
○ 大きな目標や一体感がヨコのつながりを強める
○ 働くことの喜びは仕事を通して「他者と結び合う」こと
○ 「衆縁和合」=伝達速度は遅いが「密度」が高いアナログな対話
○ 今こそ集団力を取り戻せ
○ 時代の変化を巧みにとらえて戦略的に行動するトップの「経営力」と仕事に誇りを持って日々の仕事に挑戦する社員の「現場力」
○ 忙しい社員は良い仕事ができない
○ 「物事を極めるにはその周囲に目を向けよ」
○ 「天人合一」(自然と人間には同じ運動の原理が働いており、両者はひとつながりである)
○ 「ヒト」と「モノ」「コト」の三位一体
○ 「合理化」「見える化」で切り捨てられた「心」を取り戻そう
○ 「窮すれば変ず、変ずれば通ず」
○ 異質な人材を共存させ、互いに切磋琢磨させた方が人も組織も強くなる

(常盤文克著「新・日本の経営を考える』から引用)

明の知、暗の知、黙の知

身体の外にある知-例えば文字、数式、図式で表せるもの。誰でも明示できる、人から人に伝達可能な知です。これを私は「明の知」と呼びます。
身体の中にある知-個々人が身体の中に持っている知で、他人からはその一部しか分からない。この知をすべて外に取り出すことはできないが、つき合っていると少しずつ分かってくる。はっきりとは明示できないので、これを「暗の知」と呼びます。
組織の中にある知-企業という組織も人間と同じように知を持っている。組織能力と言ってもいいものです。特にルールが決まっているわけではないのに、あの会社の人は必ずこんな考え方をするとか、こんな行動をするといったような、組織の風土・文化に相当するものです。これを「黙の知」と呼びます。実は企業の優劣を分けるのは、この「黙の知」です。
 企業としてのナレッジマネジメントで大事なのは、デジタルの「明の知」でも、個人に付属するアナログの「暗の知」でもなく、組織に宿る「黙の知」を豊かにすることです。
(常盤文克、元花王会長)

福島関連の3冊

 今、福島やフクシマを考えることは最先端を哲学することと同じだ。以下の3冊の本を読んだ。どれも面白い。

 まずは、東電福島第一原子力発電所事故をリアルに描いた『カウントダウン メルトダウン』(船橋洋一著)だ。歴史に残るノンフィクションである。わたしの知人も数人、登場するが、その人の能力や個性がよく表現されている。危機的状況にあっても、人は変わらないということだろうか。彼らの代わりに、わたしがその場にいたと仮定したとしても、似たようなことしかできなかったと思う。残念だが、足が震えていたに違いない。
 そして、実際に大事故の半年後、わたしに与えられた役割は、ヨルダンのアンマンに飛んで、フクシマ事故の状況を、これから原発の導入しようとしている東南アジア、中東、アフリカの各国が集まる国際会議でプレゼンすることだった。
 さて、この本は事故に携わった日米の膨大な関係者からヒアリングし、事故の裏側にある日本というシステムを浮き上がらせた。縦割り組織や無責任体質の弊害は太平洋戦争の敗因とも言われているが、この国家存亡の危機にあっても、それが再現されているように思われてならない。日本民族の原罪なのだろうか。
 次にやってくる危機にもうまく対処できないのではないかと、不安がよぎる。平穏な平和な時代が続くことをひたすら祈るしかない。

 次は、いとうせいこう著の『想像ラジオ』。津波で亡くなった芥川冬助がラジオDJとして軽妙な語り口でしゃべり続ける。この声は亡くなった者にしか聞こえない。死者は亡くなっても生きている人の心に残り続けるというけれど、あちらの世界で冬助のようにしゃべり続けているのだろうか。そうだったら楽しいではないか。我々はひとりになって静かに神妙にして、死者の言葉に耳を傾けなければならない。1年前に母を亡くしたわたしの心に沁みる小説だった。最後の一節を引用する。
 頼もしいリスナー諸君。ここで皆さんに贈る最後の一曲です。
 想像ネーム・Sさんからのリクエストでボブ・マーリー『リデンプション・ソング』。救いの歌。胸にしみる名曲。1980年。ボブ・マーリーが脳腫瘍で亡くなる前年に出たラストアルバムの、まさにラストソング。
 今まで聴いてくれてどうもありがとう。
 本当にさようなら、みんな。
 もちろん最後の曲紹介は、僕の番組らしくエコーたっぷりで。
 では『リデンプション・ソング』、どうぞ想像して下さい。
 あ、その前にジングルを今までにない大音量で一発。あはは。
 想ー像ーラジオー。

 3冊目が、『福島第一原発観光地化計画』。ダークツーリズムという言葉がある。これは広島やアウシュビッツなど戦争や災害の悲劇の地を対象とする新しいスタイルの観光のことだ。東電福島第一原発事故は日本を滅亡の淵まで追いやったという意味で、日本人だけでなく世界の人々に対してそれを「見せて、学ばせる」ことは大切だ。
 風化すれば、また人類は同じことをやるに違いない。被災者は我々のことを忘れないでほしいと口をそろえる。事故後、福島は世界の歴史上のフクシマになった。誰もが知っている都市になった。これを福島復興のチャンスと前向きに捉えなければ、急速な真の復興もありえないのではなかろうか。
 観光地化計画研究会の座長である作家・批評家の東浩紀は、この本のおわりで面白い指摘をしている。
「原子力発電とは要するに、人間の世界を超えた世界にある力を人間の世界にもってくる技術」だというのだ。人間が人間の世界を超えることをやっていいのか、悪いのかが、原子力の是非につながるのかもしれない。人間の世界を超えるものは他に、神であり、死者の世界であり、宇宙空間である。人間を超えるものとして、どれを受け入れて、どれを受け入れないのか。それとも知的好奇心の許す限り、あらゆる領域に踏み込んでいこうとするのか。
 問題の根は深い。原子力を考えることは、人間存在の理由そのものへの問いかけでもある。
(2013年12月28日、寺岡伸章)
12345 (まだ評価されていません)
読み込み中 ... 読み込み中 ...

大人の時間

 今年は3組の夫婦と夫婦同士の食事会を行った。気の合った男同士で飲んだり、お喋り目的の女子会は多いが、夫婦4人での食事会は余り多くないかもしれない。
 司馬遼太郎は「ある男を知るもっとも手っ取り早い方法はその奥さんに会うこと」だと書いている。わたしの場合はすでによく知っていて、信頼のできる夫婦と会うのだから、司馬氏の手法を使うわけではない。でも、男同士で会う場合と違って、夫婦でいるときには独特の雰囲気があるから面白い。自宅での主導権はどちらが握っているかはすぐに分かってしまう。

 人生を長く生きていると、夫婦にもさまざまな出来事が起ころう。いつも仲が良い関係ばかりが続くとは言えない。生まれや性格が異なる男女が生活を共にするため、波風が起こっては不思議ではない。それを如何に乗り越えるかだろうか。ときには、相手を両目で観るのではなく、片目をつぶる勇気も必要だ。許してあげることも大切だ。

 上品なレストランでの他愛のない話。相手の子どもを褒め合うバカバカしさ。そして親バカの舞。傍から聞いていると、無価値な、非合理的な会話が続く。
人生の重要性は夢と希望を抱いて生きることと喧伝される。それは正しい。みんながそうあることが望ましい。個人のためにも社会のためにも。でも、その終着点は実現できたことも、できなかったことも含めて、お互いに健闘を称え合うことかもしれない。

 一緒に博多名物のもつ鍋を食べるのもいい、駿河湾を眺めながら豪華な海鮮料理に舌鼓を打つのもいい、あるいは青山通りで赤ワインを傾けながらイタリア料理のフルコースを堪能するのもいいかもしれない。
 美味しい料理と旨いお酒と、2組の夫婦の永遠と続くどうでもいい会話。記憶に一切残らない話題。でも、安らぎと生きている実感。それらが沸き上がってくる。
 これでいいのだ。大人の贅沢な時間が過ぎていくようだ。信頼と信用で満たされた空間。何も警戒しなくてよい心地よさ。競争も見栄も一切ない。
 こんな時間と空間をもっと作っていきたい。そしてそれを広げたい。
 そうだ、来年は「いとこ会」をやろう。子どもの頃に親同士が会ったときにおまけで会っていたのだが、結構楽しかった。
 みんなどこで何をしているのだろうか。血がつながっている「いとこ達」。ここにも大人の時間があるはずである。子どもでない、大人の時間。
(2013年12月9日、寺岡伸章)
12345 (1 投票, 平均値/最大値: 4.00 / 5)
読み込み中 ... 読み込み中 ...