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ボランティア

42年ぶりの帰郷

 高校を卒業し「東へと向かう列車」に乗って、東京に到着して42年が経過した。大学生活を経て国家公務員としての任務を定年退職まで全うし、妻とともに故郷の八代に帰郷した。二人の子どもは横浜と東京で職を得ているのでバトンタッチのような恰好になった。現役世代は何かと大変だが、困難な事態を乗り越えて行って欲しいと思う。

 八代に帰郷すると、新しい生活パターンを作る以前に、やらなければならないことが少なくない。引越し翌日には市役所に行って、転入届と国民保険への加入手続きを行った。近所と親戚・知人への挨拶回りには5日間ほどかかった。みんな大歓迎してくれたのは素直に嬉しかった。ハグしてくれたおばちゃまもいた。

 実家は母の死後、数年空き家になっていたので、住めるようになるために少し整備をしなければならない。風呂を沸かすボイラーは火花を散らすトランスが作動しないため交換しなければならず、灯油も補給してもらわなければならない。業者さんに電話するとすぐにやってきてくれたのは快適だ。玄関は熊本地震で歪み、鍵がかからなくなっていた。改築している近所に挨拶に行ったときにそのことに触れると、そこで働いている大工さんを呼んで修理してもらった。代金は受け取らない。地方の新聞を購読しようと販売店に電話するとその日の夕刊から投かんされ、さらにこちらから何も言わなくても、一週間はお試し購読で無料にしてもらった。
 地域コミュニティは健全なようだ。回覧板が回る地域は11戸なのだが、12戸目に加えてもらった。世話役の方は何か困ったことがないかと様子を見に来てくれた。ゴミ捨ての日にちと場所を丁寧に教えてもらった。

 地域コミュニティ活動の一環として、スポーツや芸術も活発に行っている。会費も格安である。わたしは美術クラブに関心を示し、見学させていただいたが、指導者の方々は地元の方言で優しく説明してくれた。屈託がないのが好印象だ。

 移動の足を確保すべく自動車が欲しいと挨拶回りの際に話題に出すと、ここなら安くしてくれるというオファーが2件寄せられた。トヨタ系とホンダ系だった。また、古くなった実家をリフォームしたいと話すと、こちらも2か所からいい大工さんがいると紹介された。二股をかけないように注意しなくてはならないが、周囲の人たちが気にかけてくれているので快適である。大きなお世話ではなく、小さな親切のほどよい距離間が頼まれているように思える。いい人ばかりに会っているようで、ビジネス中心のギスギスした東京とは別の国にやってきたような気分になる。

 知人からわたしに是非会いたいという人がいると言われ、車に乗せられて出かけてみると、連れていかれたところは市長経験者の会社だった。要件は、4か月後の市長選の候補者が見つからず困っているが、地元の13万人のために汗をかいてみないかという打診だった。現職の市長は市民にも役人にも人気がないため選挙で勝てるかもしれないが、行政や政治の世界で地方貢献するのは「古い発想」と考えているため、その場で断った。政治や経済は市民の生活に大きく影響するが、人間はそのような次元のみで生きているわけではない。モノよりも健康や心や自然の豊かさをもっと重視すべきである。政治は40歳代の若い世代に任せ、我々熟年世代は唯心論の世界を率先して切り拓くべきだと思う。
 この件を除けば、まことに清々しい帰郷となった。

(2017年4月13日、寺岡伸章)
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熊本城(復興)マラソン

 2月19日開催の熊本城(復興)マラソン大会の出場要綱が送られてきた。本番まで1か月となり、練習量を充実さないといけないところなのだが、2週間前に風邪を引き、さらに乾燥している北京出張で悪化させてしまった。まだ風邪の症状が抜けきれないなか、昨日の土曜日に1時間走2本、今日は4時間走を終えた。解放感のお風呂と美味しいビールをいただいた。体調は元に戻っていないが、久しぶりに走れたことを素直に喜びたい。

 熊本県はわたしの故郷だが、熊本地震が起こらなければ熊本城マラソン大会に出場しなかっただろう。地震復興支援のために、被災者に元気を送りたいと還暦に関わらず走ることを決意した。ランナーも見学者も一体となって、復興を盛り上げたいものだ。行政面の支援は当然としても、地元民の復興支援を盛り上げようという気持ちが大切だと思う。残り4週間、きちんとトレーニングし、当日はベストの状態で、目標の5時間をどうにか切りたいと思っている。

 文科省を局長で退職し、2か月後に早稲田大学に就職した吉田大輔氏は天下りあっせんに違反するとして批判され同大学を辞職した。国家公務員法に違反する。吉田氏は官僚組織の中で、お神輿のように支えられ、快適な思い通りの役人人生を送ったと思われる。どうすべきか部下が適切に「指示」してくれるため、基本的にその方向に従っていれば役人として大きな間違いはしない。
 しかし、再就職に際しても、世の中は何でも自分の好都合に動くと思い込んでいたのではないのか。局長として、政治家や大学幹部や役所OBから無理難題の要求を突き付けられ、それをうまく処理することに腐心していたに違いない。そんな苦労をしたのだから、大学教授という平凡なポスト?を獲得したとしても世間は関心を示さないと油断していたのだろう。

 英国のEU離脱、トランプ米大統領登場は社会が持てる者と持たざる者に分断していることの象徴として現れた。金持ちや政治家や役人やメディアや学者などのエスタブリッシュメントは事実かどうかはともかくとしても社会正義に関心を持たず、自己の利益を追求しているという庶民の怨嗟の声は大きくなっている。英国も米国も社会の上層部と下層部の分断は激しい。これでは不安定要因になるため、安心で安定した社会を作るために両者の融和が必要なのだ。

 このような背景があるなかで、日本社会も階級に分断していくのか、それとも日本らしい一体感を保持できるかが注目されていた。そのように考えると、今回の天下り醜聞はエリート層の独断は許さないという社会の声と言えなくもない。官僚はエリート公務員として模範を示す必要があろう。

 くだんの吉田氏は人生最初の挫折となったが、まだ若い。これからの人生もまだ長い。熊本県出身者として熊本地震復興ボランティアに参画するという発想もありうる。生まれ変わったつもりで、今までのキャリアを一掃して再起を図ったらいかがだろうか。行政の支援が及ばず困っている人々は少なくない。それらの人々のために活動し、感謝される人生も悪くはない。上から目線の役人生活では得られない充実感も得られるのだろう。人生の価値観は多様なのだ。
 落ち込まず、頑張ってもらいたいものだ。

(2017年1月22日、寺岡伸章)
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幸福な人はイノベイティブな人、イノベイティブな人は幸福な人

 幸福とは何だろうか。みんなが追究しているにもかかわらず、よく判っていないように見える。

 少し分析的に考えてみよう。まず幸福には、地位財型の幸福と非地位財型の幸福がある。前者はお金と社会的地位だ。これらは他人と比べられるので、分かりやすいが、長続きするものではない。もちろん、どの社会でも貧困者にとっては生きるのは大変厳しいというのを知っておく必要がある。日本の貧困者は2400万人もいると言われているが、彼らの存在が見えなかったり、感じないような人は貧困者ではない。中流か富裕層に属する。

 非地位財型の幸福には、健康、身を守るための安全、ワクワクする心が挙げられる。これらは長続きする幸福感であるので、お金や地位を得た者はより幸福になるために、非地位財型の幸福を追究するようになる。これらのうち、健康と安全は分かりやすいが、ワクワクする心をさらに分析してみよう。つぎの4つが因子に浮かび上がる。
1.自己実現と成長・・・・・やってみようぜ
2.つながりと感謝・・・・・ありがとう
3.前向きと楽観・・・・・なんとかなるさ
4.独立とマイペース・・・・・わたしらしく
 このような気持ちを持って生きている人は幸せと言ってよい。羨ましい限りだ。

 一方、イノベーションを起こせるような人材の特徴は何だろうか。因子を4つ挙げてみよう。
1.創造性と革新・・・・・やってみようぜ
2.コラボ=つながり・・・・・ありがとう
3.前向きと楽観・・・・・なんとかなるさ
4.独立とマイペース・・・・・わたしらしく

 不思議なことに、心の幸福な人とイノベーション人材の因子は非常に似ている。幸福な人ほどイノベーションを起こしやすいということになるし、逆にイノベイティブな人は幸福な人とも言えよう。

 日本社会は人間関係が緊密であるため、過剰な干渉を受けたりして息苦しく感じることが少なくない。でも、幸福な人は社会の習慣や掟を知りつつも、自己の価値観を持ちマイペースでやっているのだ。イノベーションも同じく、心理的自由の少ない日本社会でそれをうまくやり遂げている人材もいる。
 これらから導き出せる結論は、幸せな人はイノベイティブを目指そう! イノベーション人材は幸せになれる! ということだ。
 幸福論とイノベーション論は表裏一体である。

(2016年6月3日、寺岡伸章)
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「このご恩は一生忘れません」

 熊本地震発生から1か月が過ぎ、先週末、故郷八代市の実家の震災被害を確認するため帰省した際、宇城市のボランティア活動で少し汗を流してきた。震災復旧支援活動は民家の倒壊したブロック塀の粉砕と運搬、落下した屋根瓦の運搬などだった。1グループ9名での仕事にしては、軽いものだったと思う。暑かったため休息をとりながらの作業だったが、実働1時間以内だった。それでも、終了後、持ち家の被災者から感謝の言葉をかけていただいたときには、ボランティアをやってよかったと心から思った。お金では決して買えない豊かな気持ちになったのだった。
 
 話は前後するが、宇城市ボランティアセンターの最寄り駅の鹿児島本線の松橋(まつばせ)駅に到着して、タクシーに乗り込もうとすると、ボランティアらしき人が「もう少し待つと迎えのバスが来ますよ」と声をかけてきたため、タクシー乗車を止めた。前日にボランティアセンターに電話した際には、迎えのバスのことは何も言っていなかったので、情報がうまくまとめられていないのではないかと思った。

 ボランティアセンターに到着すると、まず受付で住所などを記載し登録する。利き腕と反対の腕に氏名をカタカナで書いたワッペンを張るとボランティアと見なされる。気持ちが引き締まる。次にボランティア保険に加入する。保険の期限は来年3月末までとなっている。保険金は先方の支払いだ。ボランティアのオリエンテーションの説明を聞く。こちらから被災状況を聞かないこと、破損されたモノでも捨てていいですかではなく保管しますかという気遣いの言葉を使うこと、被災者のプライバシーは守ること、写真等をむやみに撮らないことなどの注意事項が印象に残った。

 次のステップはマッチングだ。被災者から寄せられた作業ニーズを係りの人が説明し、それを実行できるボランティアを決めるのだ。ボランティアたちは東京や関西などの県外からやってきた者が多く、パイプ椅子から身を乗り出さんばかりに真剣に聞いている。ボランティアは数名のグループから構成されるが、移動のためには資材を運ぶ軽トラックとボランティを乗せるクルマが不可欠なため、マッチングで最初に聞かれることは、軽トラックでやって来た人はいないかということと、自家用車を出せる人はいないかということだった。これらのボランティアが優先されることになる。

 宇城市での作業ニーズは家屋内の後片付けはなく、屋外のブロック塀や瓦の運搬が主だった。マッチングの説明が終わると、ボランティの手が一斉に上がる。躊躇していると作業が自分に回って来ない。優先的に選ばれるのは前席に座っているボランティアだ。早く到着した者から作業を割り当てられるのだ。
 マッチングが終わると、資材置き場で、作業に必要なハンマー、スコップ、瓦礫袋などを選択して、軽トラックに積み込むのだ。チームのメンバーを確認してクルマで出発することになるが、わたしの場合はボランティアセンターに9時に到着したのだが、被災地への出発は10時になっていた。熊本市などの規模の大きなボランティアセンターでは数時間もかかるという。東京から毎週末、来熊しているというボランティアは早朝4時過ぎにボランティアセンターで並び始めたが、マッチングが終わったのは11時だったと話していたが、当初は段取りも悪くそれほど混乱していたのだろう。

 被害がもっとも深刻な地域の一つである御船(みふね)町はあまり報道されていないためか、ボランティアの数がまったく足りず、支援作業のニーズが常時200件残されているそうだ。家屋内の後片付けが主な仕事であるという。ボランティアの作業時間は午前9時から午後4時までと決められているが、時間内に終わらないことも多いという。
 御船町で作業をしたボランティアによると、被災状況の説明を堰が切れたようにしゃべりだしたり(誰かに話を聞いて欲しいのだ)、地震の恐怖と置かれた悲しい状況から泣き出したり、作業終了後にこのご恩は一生忘れないと非常に感謝されたりしたという。あるボランティアは「自己満足」でやっていると話していたが、それは謙遜のし過ぎだと思う。困っている人を助けるという行為は人間に備わっている美徳の一つである。人類が栄えてきたのはまさに協調の心があったからに他ならない。阪神淡路大震災から始まったボランティア活動ブームは、東日本大震災で大ブレイクし、そこでノウハウを学んだボランティアたちは今熊本に馳せ参じている。ボランティア活動に参加しようとすると交通費や宿泊費などで結構お金もかかるが、自腹を切っても困っている人の役に立ちたいという人々がいるのは心強い。

 日本は震災列島である。地震、台風、豪雪などによる被災はこれからも続くに違いない。自然の脅威を目の前にしてうなだれていては人間の進歩はない。体力のある者、知恵のある者、金銭に余裕のある者は、それぞれの立場で、被災者の支援を行って欲しいと思う。次に被災に合うのは自分の番だ。お互いに力を合わせて自然の猛威に立ち向かうことで、人間は心を一つにして復旧と復興を成し遂げなければならない。それができなければ、その国や地域は没落していく。
 熊本県人の地方創生力が今問われている。2週間後、再びボランティアで熊本に行く予定だ。何も支援しない人をけっして批判したりはしない。まず、自ら行動するしかない。

(2016年5月18日、寺岡伸章)
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走るな、歩け!

 金利とは、将来の期待収益率だから、企業経営者はその借入コストを支払っても利益を出せると判断したときにお金を借りる。ところが、今は製品を作ってもモノが売れないから、新たに投資しようとしない。無理に投資して、不良債権になれば、次の株主総会で責任を問われかねないから、経営者は投資に積極的になれない。そのため、内部留保ばかり増えることになる。日本企業は300兆円もの内部留保を抱えていると言われる。一方で、資産ゼロ世帯は3割になっている。資産格差は広がり、総中流階層という神話は消えた。

 日銀はお金を市場に回すべくマイナス金利を導入したが、マイナス金利は資本主義というシステムが機能しなくなっていることを端的に物語っている。成長神話もまた終わろうとしている。日本だけでなく欧州でも短期国債のマイナス金利が定着しつつある。米国の成長も鈍化しつつあるし、BRICsの新興国にも成長神話の終焉は伝播していくことだろう。中国は長期低迷の時代を迎えつつある。
 このような状況下で、成長こそみんなを幸福にするとして突き進むのはドン・キホーテのような振る舞いに見えてくる。

 下部構造の経済が変われば、人々の価値観も変わっていくことだろう。「より多く持ち、より速く、より遠く、より便利に」はダサく感じるようになってくる。「ほどほどに持ち、よりゆっくり、近場で、寛容に」の大人びた価値観が広がっていく。ジェット機で海外を飛び回るよりも、国内でゆっくり自動車旅行やバス旅行、あるいは歩く旅行が流行っていくるに違いない。多くの資産を持つことよりも、被災者や困っている人々を助けるボランティア活動が頼もしく思えるようになるだろう。忙しく動き回ることから何事もゆっくりやることが大事と変わりつつある。モノから心への転換だ。成長にとって合理的と考えられた中央集権システムよりもゆったりとした地方の時代が豊かだと信じられる時代が来ている。

 効率的、合理的に考え、行動するのではなく、ゆっくりと味わって時間を過ごそう。
 成長重視のアベノミクスや、GDP600兆円の幻想から我々の心は解き放たれる必要があるのだ。

(2016年4月30日、寺岡伸章)
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久しぶりのブログ

 6年ぶりに風邪をひいてしまったが、ひどい風邪もやっと快復に向かっている。この10日間、熱が上がったり下がったり、布団に入ってから咳が止まらなくなったり、声帯が腫れて声が枯れたり、関係ないかもしれないが目の周囲が腫れたりして散々な目にあった。病院には4回も行き、高価な精力剤も買って飲んだ。
 先週末は、伊勢神宮の参拝のために海の見える鳥羽の旅館に泊まったのだが、熱で料理の味が分からず、温泉にも入らず、翌日には伊勢参拝もせず、すぐに新幹線の中で眠りながら帰京した。何のための三重旅行だったのだろうか。それでも、他の家族は無事参拝できたのだから善しとせざるを得ないのかもしれない。

 風邪をひかなければ、昨日から今日にかけて房総半島をぐるっと回る100キロウォーク大会に出場していたのだが、深夜には土砂降りになり、参加者は苦難の歩行になったに違いない。風邪による10日間の苦しみと100キロウォークの苦行を比べてみると、どちらがどうだったか分からない。慰めかもしれないが、風邪を罹患してよかったのかもしれない。参加していれば、今頃は風邪をひいて高熱にうなされていたかもしれない。

 わたしの風邪と時を同じくして故郷の熊本で大地震が発生し、大きな被害が出た。風邪の症状が目まぐるしく変わるように、地震の範囲と被害状況が刻々変わっていった。わたしの風邪がまるで地震の前兆ではないかと思われるほど、熊本地方を翻弄したのだった。風邪が収まりつつつあるため、地震も終息するのではなかろうかと安易な考え方に憑りつかれそうになる。そう願っている。

 熊本市から南へ35キロの八代市の実家は壁に数か所のクラックが入っただけの被害で済み、ほっと一安心だ。震度7級の地震が襲ってこなければ、来年には帰郷し、住むことは可能になるだろう。東京直下型地震を恐れるあまり、早く東京から離れたいと思っていたが、その行き先が大地震に襲われるとは皮肉なものである。地震を求めて移動するようにも映るかもしれない。

 故郷の再建や再生には時間と工夫が必要だろう。意見がまとまらず、関係者の力が分散すれば、若者が離散し過疎化が一層進むかもしれない。白熱した議論はこれから始まる。

 風邪が治れば、最初にすることは、熊本震災の犠牲者の黙祷と故郷の復興のために、100キロウォークを完歩することと決めている。祈りが天に届き、震災の疫病神を追い払うように願っている。ゴールデンウィークには実現したいものだ。その翌週末には帰省し、被災地のボランティア活動を行う予定だ。

 祈念、思索と議論、行動。
 この順序だけは譲れない。

(2016年4月24日、寺岡伸章)